22話 「春風が運ぶ想い」(第3編 勇気)
三月最後の週。
池巣自動車営業所では、新年度を迎える準備が進んでいた。
新しい運行表。
新しい担当者。
そして、新しい季節。
春は少しずつ、この場所に変化を運んできていた。
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「桜井さん。」
西園寺美月が資料を整理しながら声を掛ける。
「はい。」
桜井七海が顔を上げる。
「引き継ぎは大丈夫そうですか?」
「はい。」
桜井は頷いた。
「まだ覚えることは多いですが……。」
「皆さんが優しくしてくださるので、安心しています。」
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西園寺は微笑む。
「それが池巣営業所の良いところです。」
「仕事だけじゃなく、人とのつながりを大切にする場所ですから。」
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桜井は少し考えてから言った。
「西園寺さん。」
「どうして、この営業所の皆さんはこんなに温かいんですか?」
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西園寺は少し笑う。
「きっと。」
「皆さんが誰かに助けてもらった経験があるからだと思います。」
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「だから次は、自分が誰かを支える。」
「そういう雰囲気があるんです。」
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その言葉を聞き、桜井は改めて営業所を見渡した。
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その視線の先。
川村健吾が車両点検を終え、整備担当へ頭を下げていた。
「ありがとうございました。」
いつもの優しい笑顔。
誰に対しても変わらない態度。
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桜井は自然と笑顔になる。
「川村さんって……。」
「本当に優しい人ですね。」
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西園寺は頷く。
「はい。」
「川村さんは、昔から変わらないです。」
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その頃。
「川村。」
山下恒一が声を掛ける。
「最近、よく話すようになったな。」
「誰とですか?」
川村が首を傾げる。
「……。」
山下は呆れた。
「お前、本当に分かってないのか。」
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細野孝太郎と大森恒一は苦笑する。
「川村らしいですね。」
「本人だけ自然体です。」
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午後。
桜井は勇気を出した。
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「川村さん。」
「はい?」
川村が振り向く。
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「あの……。」
「もしご迷惑でなければ。」
「今度、お食事をご一緒していただけませんか?」
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川村は少し驚いた。
しかし、すぐに優しく笑う。
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「僕でよければ。」
「ぜひお願いします。」
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「本当ですか?」
桜井の表情が明るくなる。
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「はい。」
「いろいろお話ししましょう。」
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その様子を遠くから見ていた山下。
「決まったな。」
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「何がですか?」
細野が聞く。
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「川村の春だよ。」
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「山下さん。」
大森がため息をつく。
「まだ食事の約束だけです。」
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「いや。」
「俺には分かる。」
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四人は笑った。
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夕方。
業務が終わった後。
「細野さん。」
西園寺が声を掛ける。
「少しだけ、お時間いいですか?」
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「はい。」
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二人が向かったのは、営業所から少し歩いた場所にある小さな公園だった。
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桜の木が並ぶ遊歩道。
まだ満開ではない。
しかし、春の訪れを感じさせる景色だった。
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二人はベンチに並んで座る。
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「もうすぐ異動ですね。」
細野が言う。
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「はい。」
西園寺は静かに頷く。
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「でも。」
「月に一度は営業所へ来ます。」
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「本社の仕事として。」
「皆さんとの情報共有や、桜井さんのフォローもありますから。」
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「だから。」
「完全なお別れではありません。」
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細野は安心したように笑う。
「それなら良かったです。」
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西園寺はその言葉を聞いて、少しだけ嬉しそうに笑った。
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そして。
少しの沈黙。
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春の風が吹く。
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「細野さん。」
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「はい。」
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西園寺はゆっくり息を吸った。
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「この一年。」
「いろんなことがありましたね。」
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「初めて一緒に仕事をして。」
「事故や台風の日もあって。」
「熱海にも行って。」
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「気付いたら。」
「細野さんのことを考える時間が増えていました。」
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細野は黙って聞いている。
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「私は。」
「細野さんが好きです。」
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その言葉は、静かな公園に消えていった。
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細野は驚いた。
でも。
目をそらさなかった。
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「ありがとうございます。」
「大切な気持ちを伝えてくれて。」
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西園寺は笑う。
「返事は急がなくて大丈夫です。」
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「困らせたいわけではありません。」
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「ただ。」
「自分の気持ちだけは、伝えたかったんです。」
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細野はゆっくり頷く。
「分かりました。」
「ちゃんと考えます。」
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西園寺は安心したように笑った。
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その夜。
藤崎彩は営業所の窓から外を見ていた。
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西園寺は伝えた。
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次は自分の番。
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「私も。」
「もう逃げない。」
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春の夜。
三人の想いが、それぞれの形で動き始めた。
(第22話・完)




