22話 「春風が運ぶ想い」(第2編 近づく距離)
三月も終わりが近づいていた。
池巣自動車営業所には、春特有の慌ただしさが流れている。
新年度を前にした準備。
乗務員の確認。
新しい担当者への引き継ぎ。
いつもの仕事に加えて、少しだけ変化の多い時期だった。
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「桜井さん、こちらが営業所の資料です。」
西園寺美月は机の上に資料を並べながら説明する。
「路線や運転士さんの名前だけではなく、営業所の雰囲気も覚えてください。」
「雰囲気……ですか?」
桜井七海が首を傾げる。
西園寺は笑った。
「はい。」
「池巣営業所は、数字だけでは見えないものが大切な場所なので。」
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「お客様との信頼。」
「運転士さん同士の助け合い。」
「そして、困った時に相談できる関係。」
「それを大切にしてください。」
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桜井は真剣な表情で頷いた。
「分かりました。」
「西園寺さんが大切にしてきたものを、私も守れるように頑張ります。」
その言葉に、西園寺は少し嬉しそうに笑った。
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一方。
車庫では、細野孝太郎たちが出庫準備をしていた。
「最近、川村の周りが少し騒がしくないか?」
山下恒一がニヤニヤしながら言う。
「何がですか?」
川村本人が聞き返す。
「いや。」
「何でもない。」
山下は笑いをこらえる。
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「山下さん。」
大森恒一が淡々と言う。
「分かりやすすぎます。」
「何が?」
「顔です。」
「俺、そんな顔してる?」
「しています。」
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細野も苦笑する。
「川村。」
「本当に気付いてないのか?」
「何がですか?」
川村は不思議そうな顔をする。
三人は同時にため息をついた。
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昼休み。
桜井は営業所内で資料を確認していた。
すると。
「大丈夫ですか?」
声を掛けられる。
振り向くと川村が立っていた。
「あ、はい。」
「資料が多いので、少し整理していました。」
「最初は大変ですよね。」
川村は優しく笑う。
「僕も新人の頃は、覚えることが多くて苦労しました。」
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「川村さんもですか?」
「もちろんです。」
「失敗もしました。」
「でも、そのたびに先輩方に助けてもらいました。」
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桜井はその話を聞いていた。
完璧な人ではない。
でも。
失敗しても前を向ける人。
周りへの感謝を忘れない人。
だからこそ。
さらに惹かれていく。
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「ありがとうございます。」
桜井は笑顔になる。
「川村さんがいてくれて安心しました。」
「そんな、大したことしてませんよ。」
川村は照れたように笑った。
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その様子を遠くから見ていた山下。
「……。」
細野へ小声で話しかける。
「もう完全に好きだな。」
「山下さん。」
「声が大きいです。」
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「でも。」
細野は二人を見る。
「川村なら大丈夫な気がします。」
「優しいですから。」
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夕方。
西園寺の引き継ぎ作業も終盤に近づいていた。
「桜井さん。」
「最後に一つだけ。」
「はい。」
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「この営業所の人たちは、本当に温かいです。」
「でも。」
「その分、支えてもらった分だけ、自分も支える気持ちを持ってください。」
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「はい。」
桜井は頷いた。
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その日の帰り。
西園寺と藤崎は、営業所の外で少しだけ話していた。
「もうすぐですね。」
藤崎が言う。
「はい。」
西園寺は営業所を見る。
「初めてここへ来た日のことを思い出します。」
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「最初は緊張していました。」
「でも。」
「いつの間にか、この場所が大切になっていました。」
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藤崎は静かに聞いていた。
「細野さんも。」
西園寺が小さく言う。
「この場所を大切にしていますよね。」
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藤崎は少し間を置いて答える。
「はい。」
「だからこそ。」
「私たちも、この場所を壊したくないんです。」
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二人は顔を見合わせる。
同じ人を想っている。
その気持ちは分かっている。
でも。
敵ではない。
同じ営業所を支える仲間でもある。
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その頃。
細野は一人、車庫で車両確認をしていた。
春の風が吹く。
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川村の新しい出会い。
西園寺の異動。
藤崎の秘めた想い。
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少しずつ変わっていく営業所。
それでも。
明日もまた、この場所からバスは走り出す。
(第22話・第3編へ続く)




