22話 「春風が運ぶ想い」(第1編 新しい風)
三月下旬。
春らしい暖かな日差しが、池巣自動車営業所を優しく照らしていた。
営業所の花壇には色とりどりの花が咲き始め、長かった冬の終わりを知らせている。
車庫では今日も、青と白のバスが静かに出庫の時を待っていた。
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「今日もいい天気ですね。」
細野孝太郎は空を見上げる。
「春休みに入ったから、お客様も多そうですね。」
川村健吾が笑顔で答えた。
山下恒一は運行表を見ながら苦笑する。
「今日は草49系統か。」
「池袋から浅草まで。」
「観光客で混みそうだな。」
細野も自分の運行表を見る。
「俺は上31系統。」
「池袋から上野公園です。」
「上野公園も花見客が増えそうですね。」
大森恒一は腕時計を見ながら言う。
「暖かくなると、お客様の流れも変わります。」
「いつも以上に安全確認ですね。」
「はい!」
四人はそれぞれ笑顔で返事をした。
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午前の乗務を終えた頃。
営業所の事務室では、職員たちが集められていた。
「皆さん、少しよろしいですか。」
藤崎彩が声を掛ける。
自然と会話が止まり、全員の視線が前へ向く。
その隣には、西園寺美月が立っていた。
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「まず、私からご報告があります。」
西園寺はゆっくりと頭を下げる。
「以前お伝えしたとおり、四月一日付で本社営業企画課へ異動することになりました。」
営業所は静かだった。
すでに知っている職員も多かったが、改めて本人の口から聞くと少し寂しさが込み上げる。
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「ですが。」
西園寺は顔を上げ、笑顔を見せた。
「池巣営業所とのご縁がなくなるわけではありません。」
細野たちが顔を上げる。
「本社業務の一環として、月に一度は営業所へ伺います。」
「後任担当との情報共有や営業所との打ち合わせ、新商品のご案内などで、これからも皆さんにはお世話になります。」
「ですので……。」
少し照れながら笑う。
「完全なお別れではありません。」
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「なんだ。」
山下が胸をなで下ろした。
「そういうことなら安心した。」
営業所に笑い声が広がる。
「月一なら、また会えますね。」
川村も笑顔になる。
「はい。」
西園寺は優しく頷いた。
「これからも、よろしくお願いします。」
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細野も自然と笑顔になった。
「また営業所へ来てください。」
「もちろんです。」
西園寺は細野の言葉が少し嬉しかった。
「約束します。」
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「それでは。」
藤崎が一歩前へ出る。
「四月から池巣営業所を担当される方をご紹介します。」
入口の扉が開く。
一人の女性が緊張した表情で入ってきた。
二十代半ばほど。
肩まで伸びた黒髪を整え、紺色のスーツをきちんと着こなしている。
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「初めまして。」
深々と頭を下げた。
「○○生命保険の桜井七海と申します。」
「四月より西園寺さんの後任として、池巣自動車営業所を担当させていただきます。」
「まだ分からないことばかりですが、一日でも早く皆さんのお役に立てるよう頑張ります。」
「よろしくお願いいたします。」
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「よろしく!」
真っ先に声を掛けたのは山下だった。
営業所全体から拍手が起こる。
桜井は少し安心したように笑った。
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「今日は西園寺さんと一緒に営業所を回ります。」
藤崎が説明する。
「何かあれば遠慮なく声を掛けてください。」
「はい!」
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その頃。
午前便を終えた川村健吾が営業所へ戻ってきた。
「ただいま戻りました!」
いつもの元気な声が事務室へ響く。
「お疲れさま。」
藤崎が振り向く。
「ちょうど良かったです。」
「こちら、四月から担当される桜井さんです。」
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川村は自然に笑顔を向ける。
「初めまして。」
「川村健吾です。」
「よろしくお願いします。」
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「よ、よろしくお願いします!」
桜井は慌てて頭を下げた。
その瞬間だった。
(……え。)
胸が高鳴る。
柔らかい笑顔。
落ち着いた話し方。
相手を安心させる雰囲気。
(この人……。)
(すごく素敵。)
初めて会った。
名前も今知ったばかり。
それなのに。
目が離せなかった。
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一方。
少し離れた場所では山下がその様子を見ていた。
「おい。」
細野と大森を肘でつつく。
「見たか?」
「何ですか?」
細野が聞く。
「新人さん。」
「完全に川村へ一目惚れしたぞ。」
「え?」
細野が振り返る。
しかし川村本人は全く気付いていない。
「営業所のことなら何でも聞いてくださいね。」
いつもどおり優しく話しているだけだった。
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「川村さんらしいですね。」
大森が苦笑する。
「本人だけ状況を理解していません。」
「天然だからなぁ。」
山下は肩を震わせて笑う。
「これは面白くなりそうだ。」
「山下さん。」
細野は苦笑した。
「見守ってあげましょう。」
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その光景を少し離れた場所から見つめる二人の女性。
藤崎彩。
そして西園寺美月。
西園寺は小さく笑った。
「春ですね。」
藤崎も優しく微笑む。
「そうですね。」
「新しい恋も始まりそうです。」
そう言いながら。
二人が自然と視線を向けた先には。
細野孝太郎の姿があった。
そのことに、細野はまだ気付いていない。
春風は、新しい出会いだけではなく、それぞれの胸に秘めた想いも静かに動かし始めていた。
(第22話・第2編へ続く)




