21話 「ありがとう、先輩」(前編)
三月。
春の暖かな風が少しずつ街を包み始めていた。
池巣自動車営業所では、ある掲示板の前に多くの職員が集まっていた。
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『令和○年度 退職者送別会のご案内』
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細野孝太郎は掲示を見つめる。
「今年も、この季節なんですね。」
隣では山下恒一が静かに頷いた。
「ああ。」
「毎年あることだけど、やっぱり寂しいよな。」
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川村健吾も掲示を見ながら口を開く。
「一緒に仕事をした先輩方ですからね。」
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大森恒一が名簿を確認する。
「今年は三名の先輩運転士が定年退職されます。」
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その時。
寺島主任が四人の後ろに立った。
「お前たち。」
「時間があるなら、今日は少し先輩方の乗務を見てこい。」
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「見学ですか?」
細野が尋ねる。
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「最後の乗務になる人もいる。」
「学べるうちに学んでおけ。」
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「はい!」
四人は元気よく返事をした。
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午後。
それぞれの業務を終えた四人は、定年を迎える先輩運転士の降車対応や接客、車両の扱いを静かに見守っていた。
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急ぐことはない。
慌てることもない。
それでも定時から大きく遅れることはない。
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停留所では、
「いつもありがとう。」
「長い間お疲れさまでした。」
そんな言葉を掛ける常連のお客様もいた。
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営業所へ戻る途中。
細野は小さくつぶやく。
「すごいですね。」
「何十年も同じ仕事を続けるって。」
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山下も真剣な表情だった。
「俺たちも、あんな運転士になれるかな。」
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「なりたいですね。」
川村が微笑む。
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夕方。
営業所へ戻ると、金城恒一が車庫で洗車をしていた。
「お疲れ。」
四人へ声を掛ける。
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「先輩方の乗務、見てきました。」
細野が答える。
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金城はホースを止め、四人を見る。
「どうだった?」
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「すごかったです。」
「運転だけじゃなくて。」
「お客様との会話も。」
「全部自然でした。」
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金城は静かに頷いた。
「長い年月っていうのはな。」
「技術だけじゃない。」
「信頼も積み重ねるんだ。」
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「毎日同じように見える仕事でも。」
「その一日一日が、お客様との信頼になる。」
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四人は真剣な表情で聞いていた。
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「だから。」
「定年は終わりじゃない。」
「何十年も積み重ねた仕事への卒業なんだ。」
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その言葉が、四人の胸に深く刻まれた。
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数日後。
営業所では送別会の準備が始まる。
花束。
記念品。
そして、職員全員で作る寄せ書き。
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細野はペンを持ち、ゆっくりと色紙へ書いた。
『たくさんのことを教えていただき、本当にありがとうございました。これからは僕たちが、この営業所を守っていきます。』
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春は別れの季節。
しかし、それは新しい世代へ想いを受け継ぐ季節でもあった。
(第21話・後編へ続く)




