20話 「閉ざした心」(後編)
数日後。
乗務を終えた細野孝太郎は営業所へ戻ると、事務所で書類を整理している藤崎彩の姿を見つけた。
営業所の中には、夕方特有の穏やかな空気が流れている。
他の運転士たちは点呼や日報を書き終え、少しずつ帰宅の準備を始めていた。
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「藤崎さん。」
細野が静かに声を掛ける。
藤崎は顔を上げ、小さく微笑んだ。
「細野さん。」
「少しだけ、お時間をいただけますか。」
「もちろんです。」
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二人は営業所近くの公園へ向かった。
夕日が街をオレンジ色に染めている。
しばらく無言で歩いたあと、藤崎が口を開いた。
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「この前、霊園で見かけた人。」
「私です。」
細野は静かに頷く。
「無理に話さなくても大丈夫ですよ。」
その言葉に、藤崎は首を横に振った。
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「いいえ。」
「細野さんには知っていてほしいんです。」
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少しだけ空を見上げる。
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「五年前。」
「結婚を約束していた人がいました。」
細野は黙って耳を傾ける。
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「同じ交通業界で働いていた人です。」
「休日に出掛ける約束をしていた朝。」
「その人は交通事故で亡くなりました。」
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静かな風が吹いた。
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「突然でした。」
「朝まで普通に話していたのに。」
「その日の夕方には、もう会えなくなっていました。」
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藤崎の声は震えていなかった。
それだけ長い時間をかけて、自分の中で受け止めてきたのだろう。
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「それからです。」
「恋愛なんて、もうしない。」
「そう決めました。」
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「仕事だけを頑張ろう。」
「そう思ってきました。」
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細野は静かに聞いていた。
言葉を挟まない。
ただ、藤崎の想いを受け止めていた。
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「でも。」
藤崎は少し笑う。
「池巣営業所へ来て。」
「皆さんと出会って。」
「細野さんと出会って。」
「少しずつ、その気持ちが変わってしまったんです。」
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細野は驚いた表情を見せる。
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「また誰かを大切に思う自分がいました。」
「最初は認めたくありませんでした。」
「怖かったから。」
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少しだけ沈黙が流れる。
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「でも。」
「逃げたままじゃ駄目だと思ったんです。」
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細野はゆっくりと口を開く。
「藤崎さん。」
「つらい話を聞かせてくださって、ありがとうございます。」
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「俺には。」
「藤崎さんの気持ちを全部理解することはできません。」
「でも。」
「これから先は、一人で抱え込まないでください。」
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藤崎の目に涙が浮かぶ。
「ありがとうございます。」
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「そう言ってもらえただけで。」
「少し救われました。」
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二人はゆっくり営業所へ戻る。
そこでは西園寺美月が帰る準備をしていた。
藤崎の少し晴れやかな表情を見て、西園寺は何も聞かなかった。
ただ、小さく微笑む。
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営業所を出る時。
西園寺が藤崎へ声を掛けた。
「少し前へ進めましたか?」
藤崎は優しく頷く。
「はい。」
「ようやく。」
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西園寺も笑顔になる。
「私も負けません。」
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二人はお互いの気持ちを知っている。
だからこそ、遠回りでも正直に向き合うことを選んだ。
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一方。
細野は夜空を見上げながら歩いていた。
藤崎の過去。
西園寺の夢。
仲間それぞれが、大きな想いを抱えながら前へ進んでいる。
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「俺も。」
「もっと成長しなきゃな。」
小さくつぶやく。
春はもうすぐそこまで来ていた。
そして三月。
池巣自動車営業所には、長年ハンドルを握り続けた先輩運転士たちとの、大切な別れの日が近づいていた。
(第20話 完)




