20話 「閉ざした心」(前編)
三月。
少しずつ春の陽気を感じる日が増えてきた。
池巣自動車営業所でも、梅の花が咲き始め、冬の終わりを知らせていた。
西園寺美月の本社異動も正式に発表され、営業所では「あと少しでお別れか」という声が聞こえるようになっていた。
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その日の昼休み。
休憩室では同期四人が昼食を囲んでいた。
「西園寺さん、本社へ行くんだよな。」
山下恒一が口を開く。
「寂しくなりますね。」
川村健吾が素直に言う。
「でも、キャリアアップですから。」
大森恒一が続けた。
細野孝太郎も頷く。
「応援したいですね。」
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その会話を、少し離れた場所で藤崎彩が聞いていた。
優しく微笑んでいる。
しかし、その笑顔の奥にはどこか寂しさもあった。
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午後の業務を終えたあと。
藤崎は営業所の裏口から静かに外へ出た。
その姿を偶然見かけた細野は、書類を届けようとして後を追う。
「藤崎さん。」
声を掛けようとした、その時だった。
藤崎は駅とは反対方向へ歩いていく。
「……?」
細野は少し不思議に思ったが、そのまま追い掛けることはしなかった。
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翌日の休日。
細野は母親に頼まれ、花を買いに街へ出ていた。
花屋で買い物を済ませた帰り道。
近くの公園を歩いていると、その先に小さな霊園が見えた。
ふと視線を向ける。
「……あれ?」
見覚えのある後ろ姿だった。
黒いコート姿の女性。
静かに墓石へ手を合わせている。
藤崎彩だった。
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細野は思わず立ち止まる。
「藤崎さん……。」
もちろん声は掛けなかった。
静かにその場を離れる。
「大切な人なのかな……。」
それ以上は考えなかった。
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数日後。
営業所。
藤崎はいつもと変わらず仕事をしていた。
笑顔で職員と話し、保険の説明を行い、書類をまとめる。
いつも通りだった。
しかし細野は、霊園で見た姿が頭から離れなかった。
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夕方。
業務が終わり、営業所の玄関で偶然二人きりになる。
「藤崎さん。」
「はい?」
「この前……。」
細野は少し迷う。
「休日に見かけました。」
藤崎の表情が一瞬だけ止まった。
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「……見られていましたか。」
細野は慌てて頭を下げる。
「すみません。」
「声を掛けるべきじゃないと思って。」
藤崎は小さく首を振った。
「いいんです。」
少しだけ微笑む。
「でも。」
「今日は話せません。」
「いつか……。」
「ちゃんとお話しします。」
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細野は静かに頷いた。
「分かりました。」
「待っています。」
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藤崎は小さく頭を下げる。
その横顔には、どこか悲しさが残っていた。
細野は確信する。
藤崎が胸の奥にしまっているものは、想像以上に大きなものなのだと。
そして、その過去が明かされる日は、もうすぐそこまで来ていた。
(第20話・後編へ続く)




