19話 「新しい挑戦」(後編)
本社で異動の打診を受けてから数日。
西園寺美月は、答えを出せずにいた。
営業企画課への異動は、大きなチャンスだ。
会社員として考えれば、誰もが喜ぶ話だった。
それでも。
池巣自動車営業所を思い浮かべるたびに、心が揺れた。
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その日の昼休み。
西園寺は営業所の休憩室で書類を整理していた。
そこへ細野孝太郎が入ってくる。
「お疲れさまです。」
「お疲れさまです。」
西園寺は笑顔を作る。
しかし、細野は少し首をかしげた。
「何かありましたか?」
「最近、元気がないように見えて。」
西園寺は一瞬言葉に詰まる。
「そんなこと……。」
否定しようとしたが、細野の真っ直ぐな表情を見て、小さく笑った。
「少しだけ、考え事をしていました。」
「そうですか。」
細野はそれ以上聞かなかった。
「何か力になれることがあれば、言ってください。」
「営業所のみんなも、きっと同じだと思います。」
そう言って、再び乗務へ向かっていった。
西園寺は、その背中を静かに見送る。
「……優しい人。」
思わず小さくつぶやいた。
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夕方。
仕事を終えた西園寺は、再び藤崎彩と帰り道を歩いていた。
「まだ悩んでいますか?」
藤崎が尋ねる。
「はい。」
西園寺は頷く。
「仕事としては挑戦したい。」
「でも、営業所を離れるのが寂しくて。」
藤崎は少し考えてから口を開いた。
「美月さん。」
「人は、成長するために環境が変わることがあります。」
「でも。」
「どこへ行っても、ここで頑張った時間はなくなりません。」
西園寺は静かに耳を傾ける。
「池巣営業所で積み重ねた経験は、本社でも必ず力になります。」
「だから、自信を持ってください。」
その言葉に、西園寺の表情が少し明るくなった。
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翌週。
西園寺は再び本社を訪れた。
営業部長が穏やかに迎える。
「答えは出ましたか?」
西園寺はまっすぐ前を見て頭を下げた。
「よろしくお願いいたします。」
「営業企画課で頑張らせていただきます。」
営業部長は笑顔で頷いた。
「期待しています。」
「なお、異動は四月一日付です。」
「三月いっぱいは、これまでどおり池巣営業所を担当してください。」
「はい!」
西園寺の返事は、前回より力強かった。
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その日の夕方。
営業所へ戻った西園寺は、藤崎へ最初に報告した。
「決めました。」
「四月から本社へ行きます。」
藤崎は笑顔で手を差し出した。
「おめでとうございます。」
「ありがとうございます。」
二人は固く握手を交わした。
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数日後。
西園寺は営業所のみんなにも異動が決まったことを伝えた。
「えっ、本社ですか!」
川村健吾が驚く。
「すごいですね!」
山下恒一も笑顔になる。
「出世じゃないか。」
大森恒一も静かに頷いた。
「おめでとうございます。」
細野は少し寂しそうに笑った。
「でも、あと一か月は一緒に仕事ができますね。」
その何気ない一言が、西園寺には何より嬉しかった。
「はい。」
「最後までよろしくお願いします。」
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三月。
別れの季節が、少しずつ近づいていた。
しかし、その前に。
池巣自動車営業所では、長年ハンドルを握り続けた運転士たちとの、大切な時間が待っていた。
(第19話 完)




