第2話 教習車は今日も大騒ぎ(後編)
「はい、停車。」
藤崎彩の声で、教習車がゆっくり止まる。
運転席の細野孝太郎は、大きく息を吐いた。
「お、終わりました……。」
「終わってません。」
「え?」
「今の停車、何点だと思います?」
孝太郎は首をかしげる。
「……七十点くらいですか?」
「四十五点。」
「そんなに!?」
後部座席から山下が吹き出した。
「細野、お前赤点じゃん!」
「笑ってる場合じゃない。」
藤崎は山下を見る。
「次、山下さん。」
「えっ、俺!?」
さっきまで余裕そうだった山下の顔が引きつる。
「どうぞ。」
「はい……。」
運転席に座ると、急に口数が減った。
「シート調整。」
「はい。」
「ミラー。」
「はい。」
「シートベルト。」
「はい。」
「深呼吸。」
「はい。」
「……緊張してます?」
「めちゃくちゃしてます!」
営業所の車庫に笑い声が響く。
山下は恐る恐る発進する。
今度は意外にもスムーズだった。
「おっ!」
後ろで川村が拍手する。
「山下さん、うまい!」
「営業車ばっかり乗ってたからな!」
得意げに笑った、その直後。
「左、寄せすぎ。」
「え?」
「縁石。」
「うわっ!」
ガタン!
「いてっ!」
車体が小さく揺れる。
「縁石はお客様じゃありません。」
藤崎は真顔だった。
山下は耳まで真っ赤になる。
「すみません……。」
「謝る前に、次はどうするか考えましょう。」
「はい!」
厳しい。
でも、その言葉には責める響きはなかった。
失敗を次につなげるための指導だと、四人にも少しずつ分かってきた。
続いて大森。
慎重すぎるほど慎重に運転する。
「もう少し自信を持って。」
「はい。」
「でも慎重なのは長所です。」
その一言に、大森は少しだけ表情を緩めた。
最後は川村。
大柄な体でハンドルを握る姿は頼もしい。
だが、
「右折します!」
「まだウインカー出してません。」
「あっ!」
「確認。」
「はい!」
「確認。」
「はい!」
「もう一回確認。」
「はい!」
営業所中が笑いに包まれた。
教習が終わる頃には、夕日が営業所をオレンジ色に染めていた。
四人は制服の背中まで汗でびっしょりだった。
「大型二種を取ったのに、全然できないな……。」
細野が苦笑すると、
「最初からできる人なんていません。」
藤崎が隣に立った。
「私も新人の頃は、毎日怒られてました。」
四人が驚く。
「藤崎先輩でもですか?」
「もちろん。」
少しだけ遠くを見るような目をする。
「だから失敗してもいいんです。ただし――」
四人が自然と姿勢を正す。
「同じ失敗は減らしていきましょう。」
「はい!」
その返事を聞いて、藤崎は小さく笑った。
「今日はここまで。」
営業所へ戻る途中、山下が小声で言う。
「なあ。」
「ん?」
「藤崎先輩、怖いけど……。」
「うん。」
「結構いい人じゃない?」
細野も笑う。
「俺もそう思った。」
すると後ろから声が飛ぶ。
「全部聞こえてます。」
「うわぁっ!」
振り返ると、藤崎が腕を組んで立っていた。
「営業所では内緒話は禁止ですか!?」
山下の叫びに、その場のみんなが吹き出した。
その頃、営業所の入口では――。
「こんにちはー。」
保険会社の西園寺美月が、パンフレットの入ったバッグを持って現れる。
「あら、新人さんたち。」
「お疲れさまです!」
四人が頭を下げる。
「初日の教習はどうでした?」
山下が苦笑いする。
「ボロボロでした。」
「ふふっ。でも、その顔を見ると楽しそうですね。」
美月の笑顔につられて、四人も笑顔になる。
その様子を少し離れたところから見ていた藤崎は、小さくつぶやいた。
「……ずいぶん、打ち解けるのが早いわね。」
その声は誰にも聞こえなかった。
夕暮れの営業所。
教習車は静かに車庫へ戻り、四人の新人運転士にとって長い一日が終わる。
明日もまた、新しい失敗と、新しい学びが待っている。
(第2話 完)




