18話 「想いを包むチョコレート」(前編)
二月。
立春を過ぎたとはいえ、朝の空気はまだ冷たい。
池巣自動車営業所では、運転士たちがいつものように点呼を終え、それぞれの担当路線へ向かう準備をしていた。
担当路線は毎日変わる。
細野孝太郎も、その日の運行表を受け取りながら小さく頷いた。
「今日は都心方面か。」
隣では山下恒一が自分の運行表を見て笑う。
「俺は住宅街の路線だ。」
「毎日違うから飽きないな。」
川村健吾も笑顔で運行表を折りたたむ。
「その分、毎日が勉強ですね。」
大森恒一は静かに頷いた。
「同じ路線ばかりでは対応力は身につきませんから。」
四人は笑い合い、それぞれ担当車両へ向かった。
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数日後。
二月十四日。
休憩室では朝から少しだけ落ち着かない空気が流れていた。
「今日はバレンタインか。」
山下がコーヒーを飲みながら笑う。
「営業所も毎年こんな感じなんですか?」
細野が尋ねる。
「まあな。」
寺島主任が苦笑する。
「義理チョコ一つで騒ぐ連中もいる。」
休憩室が笑いに包まれた。
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一方、その頃。
別室では藤崎彩と西園寺美月が並んで座っていた。
机の上には、小さな紙袋が二つ。
西園寺が小さく息をつく。
「緊張しますね。」
藤崎は優しく微笑んだ。
「そうですね。」
「仕事の説明より緊張しています。」
二人は顔を見合わせて笑う。
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「彩さん。」
西園寺が静かに口を開く。
「私……今年は逃げません。」
藤崎はその言葉の意味を理解していた。
「私もです。」
短い返事だった。
けれど、その中には決意が込められていた。
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昼休み。
乗務を終えた細野が営業所へ戻る。
「ただいま戻りました。」
「お疲れさまです。」
事務所には藤崎と西園寺の姿があった。
細野は二人を見ると笑顔で挨拶する。
「お疲れさまです。」
「お疲れさまです。」
二人も同時に返した。
少しだけ沈黙が流れる。
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すると西園寺が一歩前へ出た。
「あの……細野さん。」
「これ。」
小さな紙袋を差し出す。
「いつもお世話になっています。」
「感謝の気持ちです。」
細野は少し驚きながら受け取った。
「ありがとうございます。」
「大切にいただきます。」
西園寺は安心したように微笑んだ。
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その様子を見ていた藤崎も静かに歩み寄る。
「細野さん。」
「私からも。」
落ち着いた口調で紙袋を差し出した。
「いつもありがとうございます。」
細野は少し照れながら受け取る。
「ありがとうございます。」
「今日は二つもいただいてしまいました。」
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「細野。」
後ろから山下が現れた。
「モテるなぁ。」
「違いますよ!」
細野は慌てて否定する。
「感謝の気持ちです。」
その言葉に営業所中が笑った。
藤崎と西園寺も顔を見合わせ、小さく笑う。
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その日の夕方。
仕事を終えた藤崎と西園寺は営業所をあとにしていた。
「渡せましたね。」
西園寺がほっとしたように笑う。
「ええ。」
藤崎も頷く。
「でも。」
二人は同じ方向を見つめる。
想いを伝えるには、まだ勇気が足りなかった。
それでも。
今日の一歩は、小さくても確かな前進だった。
(第18話・後編へ続く)




