16話 「雪の日、その先にあるもの」(後編)
午後三時。
朝から降り続いた雪はようやく止み、雲の切れ間から弱い日差しが差し込んでいた。
しかし、道路状況はさらに神経を使うものへと変わっていた。
溶け始めた雪が路面を濡らし、日陰では再び凍結している。
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草49系統 池袋駅―浅草。
細野孝太郎は、団子坂の下りへ差しかかっていた。
「ギアは二速……。」
フットブレーキに頼らず、エンジンブレーキをしっかり効かせる。
速度計の針はゆっくりと動く。
焦らない。
急がない。
それが雪道で一番大切なことだった。
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車内では、小さな男の子が窓の外を見ていた。
「お母さん、バス滑らないね!」
母親が笑顔で答える。
「運転士さんが上手だからだよ。」
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その言葉に、細野は少し照れながらバックミラー越しに微笑んだ。
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一方。
上31系統 池袋駅―上野公園。
山下恒一は、東都大学近くの坂を慎重に下っていた。
午前中に立ち往生していた乗用車はすでになく、警察と道路管理隊によって除雪も進んでいた。
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それでも油断はしない。
「昨日より難しいな。」
独り言をつぶやきながら、一定の速度を保つ。
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停留所では、高齢の男性が乗車してきた。
「雪の中、ご苦労さん。」
「ありがとうございます。」
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男性は運転席の横で笑った。
「遅れてもいい。」
「安全に走ってくれる方が安心だ。」
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山下は深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
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営業所。
運行管理室では無線が絶え間なく入る。
「草49、異常なし。」
「上31、異常なし。」
「全車順調です。」
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寺島主任が報告すると、所長は静かに頷いた。
「今日も無事故で終われそうだな。」
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金城恒一は窓の外を見ながら言う。
「雪の日は、お客様も運転士も試される。」
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「お互いが思いやるから、安全が守られる。」
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午後五時。
日が暮れ始める頃。
四人のバスは次々と営業所へ戻ってきた。
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「お疲れ様です!」
川村健吾が元気よく挨拶する。
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「団子坂、無事終わりました。」
細野が報告する。
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「東都大学前も問題ありませんでした。」
山下も笑顔を見せた。
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大森が運行記録を提出する。
「全便、大きな遅延はありましたが事故・トラブルはありません。」
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寺島は満足そうに頷く。
「上出来だ。」
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四人が着替えを終えると、金城が静かに声をかけた。
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「集まれ。」
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四人は金城の前に並ぶ。
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「二日間、本当によくやった。」
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「雪道では、派手な運転はいらない。」
「速さもいらない。」
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「必要なのは。」
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「落ち着いて判断すること。」
「確認を怠らないこと。」
「そして、お客様を無事に目的地まで届けること。」
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細野たちは真剣な表情で聞いていた。
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金城は少し笑う。
「昨日と今日で、お前たちはまた一つ運転士になった。」
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「ありがとうございます!」
四人は声をそろえて頭を下げた。
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営業所の外へ出ると、雪はすっかり止んでいた。
夕焼けに照らされた街は、白い雪がゆっくりと溶け始めている。
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細野は営業所のバスを見つめ、小さくつぶやいた。
「雪が降っても、この街の暮らしは止まらない。」
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山下が笑う。
「だから、俺たちも止まれないな。」
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川村も頷く。
「明日も安全運転ですね。」
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大森は静かに微笑んだ。
「はい。いつも通りに。」
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四人は並んで営業所を後にした。
冬の試練を乗り越えた運転士たちには、新たな日常が待っている。
そして、その先には――。
春に向けた路線改編という、新しい挑戦が始まろうとしていた。
(第16話 完)




