16話 「雪の日、その先にあるもの」(前編)
池巣の街は、昨日よりも深い雪に覆われていた。
除雪車は夜通し走ったものの、歩道や路地にはまだ多くの雪が残っている。
営業所へ向かう細野孝太郎は、静かに空を見上げた。
「今日は雪は止んだか……。」
青空がのぞいている。
しかし、安心はできなかった。
雪道で本当に危険なのは、積もっている時だけではない。
朝の冷え込みで路面が凍結することも多いからだ。
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池巣自動車営業所。
点呼室では、昨日以上に真剣な空気が流れていた。
所長が全員を見渡す。
「今日は凍結路面との戦いになる。」
「日陰、橋の上、坂道。」
「特に注意しろ。」
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寺島主任が続ける。
「昨日の雪で道路状況は大きく変わっている。」
「除雪された場所ほど油断するな。」
「ブラックアイスバーンの可能性がある。」
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金城恒一が四人を見る。
「昨日と同じ担当だ。」
「細野。」
「はい。」
「草49系統、池袋駅―浅草。」
「車両は昨日と同じZ-12。」
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「山下。」
「はい。」
「上31系統、池袋駅―上野公園。」
「A-07だ。」
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山下は笑った。
「昨日乗ったおかげで、少し感覚を思い出しました。」
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「そういう時が一番危ない。」
金城は真顔で言った。
「慣れたと思った瞬間、人は油断する。」
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「はい。」
山下は姿勢を正した。
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細野も大きく頷く。
「初心を忘れません。」
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草49系統。
池袋駅。
始発停留所には、通勤や通学へ向かう多くの人が並んでいた。
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「昨日はありがとうございました。」
昨日も乗車していた高齢の女性が細野へ声をかける。
「今日もよろしくお願いします。」
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「こちらこそ、よろしくお願いいたします。」
細野は笑顔で返した。
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定刻より三分遅れ。
それでも誰も文句を言わない。
雪の日だからこそ、安全が何より大切だと理解していた。
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一方。
上31系統。
山下も池袋駅を出発した。
昨日より道路は走りやすい。
しかし、東都大学近くの坂にはまだ雪が残っている。
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「昨日より難しいかもしれないな。」
山下は慎重にアクセルを踏む。
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東都大学近くの坂へ差しかかった時だった。
前方で一台の乗用車がタイヤを空転させ、坂を登れずに止まっていた。
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「……。」
山下はすぐに減速する。
十分な車間距離を取り、無線を手にした。
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「上31、東都大学前坂。」
「乗用車一台立ち往生。」
「後続車注意願います。」
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すぐに営業所から返答が入る。
「了解。」
「警察と道路管理へ連絡済み。」
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山下は乗客へアナウンスした。
「前方で車両が立ち往生しております。」
「安全確認のため、しばらく停車いたします。」
「ご理解、ご協力をお願いいたします。」
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車内から不満の声は聞こえなかった。
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「安全第一でお願いします。」
会社員風の男性が笑顔で言う。
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「ありがとうございます。」
山下は深く頭を下げた。
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その頃。
草49系統の細野も団子坂へ差しかかっていた。
登り切った先。
今度は雪が残る急な下り坂が待っている。
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「ここからが本番だ。」
細野はギアを一段落とし、エンジンブレーキを効かせながらゆっくりと坂を下り始めた。
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営業所では、金城が運行図を見つめていた。
「細野は団子坂。」
「山下は東都大学前。」
「二人とも一番難しい時間帯に入ったな。」
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寺島主任は静かに頷く。
「でも、あいつらなら大丈夫です。」
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午後。
雪解けが進み始めた頃。
道路状況は再び大きく変わろうとしていた。
四人にとって、本当の試練はこれからだった。
(第16話・後編へ続く)




