15話 「雪の日、そのハンドルの先へ」(後編)
午前七時過ぎ。
雪は依然として降り続いていた。
道路は圧雪状態となり、交差点では車が慎重に進んでいる。
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草49系統 池袋駅―浅草。
細野孝太郎が運転するZ-12は、定刻より少し遅れて池袋駅を出発した。
「本日は雪の影響により遅れて運行しております。安全運行へのご理解とご協力をお願いいたします。」
車内放送を終えると、細野はゆっくりとクラッチをつなぐ。
急発進はしない。
アクセルも穏やかに踏み込む。
雪道では"丁寧さ"が何より大切だった。
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一方。
上31系統 池袋駅―上野公園。
山下恒一が運転するA-07も順調に走っていた。
久しぶりのマニュアル車。
左足でクラッチを操作しながら、一つひとつ丁寧にギアをつないでいく。
「やっぱり感覚は忘れてないな。」
小さく笑みを浮かべた。
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営業所では、金城恒一と寺島主任が無線を聞きながら運行状況を確認していた。
「草49、池袋駅発車。」
「上31も順調です。」
寺島が報告する。
金城は静かに頷いた。
「今日は遅れて当然だ。」
「焦らず帰ってこい。」
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細野の前方に、白く染まった急坂が姿を現す。
団子坂。
草49系統最大の難所。
路面は圧雪。
タイヤの跡だけが黒く残っている。
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「来たな。」
細野は一速へ落とす。
アクセルを一定に保ち、エンジンブレーキも使いながら慎重に登っていく。
車内には静かな緊張感が流れていた。
乗客たちも自然と窓の外を見つめている。
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ゆっくり。
確実に。
バスは雪を踏みしめながら前へ進む。
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そして。
無事に坂を登り切った。
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後方から小さな拍手が聞こえる。
「運転士さん、安心して乗れました。」
高齢の女性が笑顔を向けた。
「ありがとうございます。」
細野はバックミラー越しに軽く頭を下げた。
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一方の山下。
前方には東都大学近くの坂が見えてきた。
上31系統で二番目に急な坂道。
雪が積もると、一気に難易度が上がる場所だ。
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「ここか。」
山下は二速へ入れる。
速度を一定に保ちながら坂へ進入する。
アクセルを踏みすぎない。
クラッチを急につながない。
教習時代から体に染み付いた基本操作を、一つずつ丁寧に繰り返した。
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タイヤがわずかに空転する。
しかし山下は慌てなかった。
アクセルを少し戻し、タイヤにしっかりと路面をつかませる。
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「よし。」
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ゆっくりとバスは坂を登っていく。
最前列の乗客が安心したように息をついた。
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「雪なのに揺れませんね。」
女性が笑顔で声をかける。
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「ありがとうございます。」
山下も自然と笑顔になった。
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営業所。
無線が入る。
「草49、団子坂通過。」
「上31、東都大学前坂通過。」
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寺島が報告すると、金城は静かに笑った。
「二人とも落ち着いてる。」
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所長も頷く。
「技術だけじゃない。」
「判断ができている。」
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夕方。
四人は無事に営業所へ戻った。
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「お疲れ!」
川村が迎える。
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「団子坂、思った以上でした。」
細野は苦笑する。
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「でも、焦らなければちゃんと登れる。」
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山下も頷いた。
「東都大学前も同じでした。」
「雪道は、急がないことが一番ですね。」
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金城が四人の前に立つ。
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「今日、お前たちは雪道を走り切った。」
「だが、本当に評価するのはそこじゃない。」
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「一本も無理をしなかったこと。」
「一本も焦らなかったこと。」
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「それがお客様の命を守る運転だ。」
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四人は静かに頷く。
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営業所の外では、まだ雪が降っている。
しかし、その表情には新人だった頃にはなかった自信が浮かんでいた。
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雪の日の経験は、運転技術だけではない。
"安全を最優先に判断する心"を、四人に改めて教えてくれた一日だった。
(第15話 完)




