15話 「雪の日、そのハンドルの先へ」(前編)
一月中旬。
数日前から流れていた天気予報は、ついに現実となった。
「東京都心でも大雪となる見込みです。」
テレビから流れるニュースを見ながら、細野孝太郎は制服の襟を整えた。
「今日は長い一日になりそうだな……。」
静かにつぶやき、まだ暗い街へ出た。
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午前四時三十分。
池巣自動車営業所。
営業所の駐車場には、うっすらと雪が積もっていた。
車庫の屋根からは雪が落ち、吐く息は真っ白だ。
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「積もりましたね。」
川村健吾が空を見上げる。
「今年一番じゃないか。」
山下恒一も珍しく真剣な表情だった。
「橋の上は凍ってそうですね。」
大森恒一は気象情報を確認している。
「路面温度は氷点下です。特に坂道は注意が必要です。」
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やがて点呼室へ全員が集まる。
営業所全体が、いつも以上の緊張感に包まれていた。
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寺島主任が前へ立つ。
「今日は定時より安全を優先する。」
「一本遅れてもいい。」
「事故だけは絶対に起こすな。」
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続いて所長が口を開く。
「雪の日は技術より判断だ。」
「危ないと思ったら止まれ。」
「迷ったら無線を入れろ。」
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最後に金城恒一が四人を見渡した。
「今日は担当車両も変更になっている。」
運行表が配られる。
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細野は運行表を見た。
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『草49系統 池袋駅―浅草』
『担当車両 Z-12』
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「草49系統……。」
細野は小さくつぶやく。
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山下も運行表を見る。
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『上31系統 池袋駅―上野公園』
『担当車両 A-07』
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「俺もマニュアルか。」
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川村が驚く。
「二人ともMT車ですか。」
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金城は静かに頷いた。
「そうだ。」
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「Z車号からA車号の車両は、すべてマニュアル車だ。」
「雪道では細かなエンジンブレーキが使える。」
「今日はオートマより、お前たちの判断を信じる。」
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金城は細野へ視線を向けた。
「草49系統。」
「池袋駅から浅草まで走る路線だ。」
「途中にある団子坂は、草系統で一番急な坂道。」
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「はい。」
細野は力強く返事をした。
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続いて山下を見る。
「上31系統。」
「池袋駅から上野公園まで走る。」
「東都大学近くの坂。」
「上系統では二番目に厳しい坂道だ。」
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山下は運行表を見つめる。
「事故以来……。」
小さくつぶやいた。
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金城は静かに続ける。
「だから任せた。」
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「新人のお前には任せなかった。」
「事故を経験したお前にも、しばらくは任せなかった。」
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「だが今は違う。」
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「お前なら、安全に走れる。」
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山下はゆっくり顔を上げた。
「……ありがとうございます。」
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細野は同期の横顔を見る。
あの日、事故で落ち込んでいた山下。
その山下が、再び難しい路線を任されている。
胸が熱くなった。
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金城は四人全員を見回した。
「雪は相手に勝とうと思うな。」
「雪に合わせて走れ。」
「それが雪道運転の基本だ。」
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「はい!」
四人の返事が点呼室に響く。
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細野はZ-12の運転席へ乗り込んだ。
クラッチを踏み込み、エンジンを始動する。
ディーゼルエンジンの力強い音が静かな車庫に響いた。
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「今日も頼むぞ。」
ハンドルを軽く叩く。
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一方。
山下もA-07へ乗り込む。
ギアをニュートラルに入れ、深呼吸をひとつ。
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「今日は逃げない。」
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雪は静かに降り続いていた。
営業所の門が開く。
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草49系統・池袋駅発浅草行。
上31系統・池袋駅発上野公園行。
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二台のマニュアル車は、それぞれの試練が待つ雪の街へ、ゆっくりと走り出した。
(第15話・後編へ続く)




