13話 冬の街、近づく距離(前編)
12月。
池巣自動車営業所の朝は、冷たい空気に包まれていた。
車庫には、いつものように青と白のバスが並んでいる。
吐く息は白い。
それでも、運転士たちはいつも通り出庫準備を進めていた。
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「寒くなりましたね。」
川村健吾が手袋を直しながら言う。
「冬だからな。」
山下恒一が笑う。
「でも、この時期は忙しくなるぞ。」
大森恒一が予定表を見る。
「クリスマス、年末年始。」
「利用される方が増える時期です。」
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細野孝太郎は車両点検を終え、営業所の外へ目を向けた。
駅前にはイルミネーション。
商店街にはクリスマスの飾り。
普段とは違う明るさに包まれた街。
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池巣営業所。
下町を支える営業所。
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人が集まる場所へ。
人が帰る場所へ。
毎日バスを走らせる。
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「細野。」
後ろから声がした。
振り返ると、金城恒一だった。
「忙しい時期になる。」
「はい。」
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「こういう時ほど、基本を忘れるな。」
「確認すること。」
「安全を守ること。」
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「分かっています。」
細野は頷く。
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新人だった頃。
同じ言葉を先輩たちから聞いていた。
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今では。
自分たちが後輩へ伝える側になっている。
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数日後。
営業所周辺では、クリスマスイベントの準備が始まった。
駅前広場。
商店街。
地域の施設。
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多くの人が楽しみにしている冬の行事。
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「臨時便も増えますね。」
新人の佐伯直人が言う。
「そうだな。」
細野が答える。
「でも、やることは普段と変わらない。」
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「お客様を安全に届ける。」
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佐伯は真剣な表情で頷いた。
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12月23日。
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勤務を終えた細野が営業所を出ようとした時だった。
「細野さん。」
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振り返る。
そこには西園寺美月が立っていた。
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「少し、お時間ありますか?」
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「俺ですか?」
細野は少し驚く。
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「はい。」
西園寺は笑った。
「もしよかったら、食事でもどうかなと思って。」
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細野は時計を見る。
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「でも……。」
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「24日は忙しいですよね。」
西園寺が先に言った。
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「クリスマスイブですし。」
「営業所も大変になると思います。」
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細野は少し驚いた。
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「だから。」
西園寺は続ける。
「その前に少しだけ。」
「細野さんと話したかったんです。」
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二人は営業所近くの店へ向かった。
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仕事の話。
熱海旅行の話。
同期4人の話。
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「熱海、楽しかったですね。」
西園寺が笑う。
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「はい。」
細野も笑った。
「またみんなで行きたいですね。」
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その言葉に、西園寺は少しだけ嬉しそうな表情を見せた。
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細野はいつもそうだった。
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自分のことより。
周りのことを考える。
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「細野さん。」
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「はい?」
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「無理していませんか?」
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「大丈夫ですよ。」
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西園寺は思わず笑った。
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「やっぱり。」
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「何がですか?」
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「細野さん、いつもそう言います。」
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「自分が大丈夫じゃなくても。」
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細野は少し黙った。
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「……ありがとうございます。」
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西園寺は微笑む。
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この人のこういうところが。
好きなのだと思った。
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その夜。
藤崎彩と西園寺美月は、別の場所で話をしていた。
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「23日に誘ったんですね。」
藤崎が言う。
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西園寺は頷いた。
「はい。」
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「24日は?」
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「避けました。」
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藤崎は少し笑う。
「私もです。」
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二人は顔を見合わせた。
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クリスマスイブ。
日本では特別な日。
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だからこそ。
相手の時間を奪いたくなかった。
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「細野さんらしいですね。」
西園寺が言う。
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「はい。」
藤崎も頷く。
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二人は知っている。
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お互いが。
同じ人を想っていることを。
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でも。
今はまだ。
この関係を壊したくなかった。
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12月24日。
クリスマスイブ。
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池巣自動車営業所は、朝から忙しい一日を迎える。
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街の灯り。
帰宅する人々。
大切な時間を過ごした人たち。
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そのすべてを乗せて。
池巣のバスは走る。
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そして。
翌日。
細野のもとへ、一通の連絡が届く。
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『明日、少し食事しませんか?』
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送信者は。
藤崎彩だった。
(第13話・後編へ続く)




