第9話 受け継ぐ背中(後編)
新人3人が池巣自動車営業所へ来てから、一週間。
研修は順調に進んでいた。
しかし。
実際の運転席に座ると、誰もが壁にぶつかる。
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「次は車庫内の移動です。」
細野が説明する。
佐伯直人が運転席へ座る。
「お願いします。」
緊張した表情。
ハンドルを握る手に少し力が入っている。
「力を抜いてください。」
細野が声をかける。
「バスは大きく見えますけど、見る場所を決めれば怖くありません。」
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ゆっくり動き出す。
しかし。
「……!」
佐伯の操作が少し早くなった。
細野がすぐに声をかける。
「一度止めましょう。」
「すみません……。」
佐伯は悔しそうにうつむく。
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「謝らなくていいです。」
細野は言った。
「俺も最初は同じでした。」
「焦ると、周りが見えなくなる。」
「だから、一つずつ確認するんです。」
佐伯は頷いた。
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一方。
大森は高木亮の指導をしていた。
「点検表は確認しましたか?」
「はい。」
高木は答える。
「……たぶん大丈夫です。」
その言葉に、大森の表情が少し変わる。
「たぶん、では駄目です。」
「運転士の仕事に、たぶんはありません。」
高木は少し驚く。
「すみません。」
「でも。」
大森は続ける。
「怒っているわけではありません。」
「確認する癖をつけてほしいんです。」
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川村は村上拓也を担当していた。
「お客様への挨拶は大丈夫そうですね。」
「接客業をしていたので。」
村上は笑う。
「ただ……。」
「運転中に声をかけられると、少し焦ります。」
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川村は頷く。
「それは誰でもあります。」
「でも、お客様を無視する必要もありません。」
「安全を確認してから対応する。」
「それが大事です。」
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その様子を見ていた山下。
「みんな、それぞれ違うな。」
細野が頷く。
「だから教え方も変えないとですね。」
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数日後。
新人3人は初めて営業所の外へ出る実地研修の日を迎えた。
担当は細野たちが付き添う。
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佐伯の運転。
慎重すぎるほど慎重だった。
「佐伯さん。」
細野が言う。
「慎重なのは良いことです。」
「でも、周りを見る余裕も必要です。」
「はい。」
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高木は逆に、運転よりも接客に意識が向きすぎていた。
「ありがとうございました!」
大きな声で挨拶する。
しかし。
発車確認が少し遅れる。
「高木さん。」
大森が声をかける。
「接客も大事です。」
「でも、安全確認が一番です。」
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村上は経験がある分、自信があった。
しかし。
慣れない路線で迷いそうになる。
「昔の経験だけで判断しない。」
川村が優しく言う。
「新しい仕事には、新しい覚え方があります。」
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夕方。
営業所へ戻る。
新人3人は疲れた表情だった。
「難しいですね……。」
佐伯が言う。
「トラックとは全然違います。」
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山下が笑う。
「俺も最初そう思った。」
「車を運転する仕事だと思って入ったけど。」
「実際は、人を乗せる仕事だった。」
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その言葉に、新人たちは顔を上げた。
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夜。
事務所。
寺島主任が細野たちに声をかける。
「どうだった?」
「難しいです。」
細野が正直に答える。
「教える方が大変ですね。」
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寺島は笑った。
「そうだろ。」
「でもな。」
「それに気づいた時、お前たちは一つ上の運転士になったんだ。」
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細野は黙って聞いていた。
新人だった自分。
失敗した山下。
悩みながら成長した4人。
今は、その経験を誰かに渡している。
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帰り際。
細野は車庫を見る。
そこには、新人3人がまだ点検表を見ながら話していた。
「熱心ですね。」
川村が言う。
「ああ。」
細野は笑う。
「昔の俺たちみたいだ。」
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池巣自動車営業所。
下町を支えるこの場所で。
新しい運転士たちは、また新しい一歩を踏み出した。
そして。
細野たち4人もまた、先輩たちから受け取った背中を、次の世代へ渡し始めていた。
(第9話・完)




