第9話 受け継ぐ背中(前編)
台風が過ぎ去ってから、数週間。
池巣自動車営業所には、いつもの日常が戻っていた。
朝の車庫。
青と白のバスが並び、運転士たちは出庫準備に追われている。
「おはようございます。」
細野孝太郎が営業所へ入る。
「おはよう。」
寺島主任が声をかけた。
「台風の日以来だな。」
「はい。」
細野は頷く。
「あの日は、改めて運転士の責任を感じました。」
寺島は少し笑った。
「そうやって考えられるなら大丈夫だ。」
「でもな。」
「慣れた時ほど気をつけろ。」
「はい。」
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「細野!」
後ろから声がした。
山下恒一だった。
「今日も真面目だな。」
「山下さんも早いですね。」
「俺はいつでも優秀だからな。」
「昨日、寝坊しかけてませんでした?」
大森恒一が淡々と言う。
「大森、それは言わなくていい。」
川村健吾が笑う。
「でも、こういう朝が戻ってきて良かったですね。」
4人は車庫を見渡した。
台風の日。
無線が飛び交った営業所。
緊張の中で走った一日。
それを乗り越えて、また普段の仕事が始まっている。
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点呼が終わった後。
寺島主任が4人を呼んだ。
「話がある。」
「はい。」
細野たちは姿勢を正す。
「来週から新人が入る。」
「新人ですか?」
川村が聞く。
「ああ。」
「しかも3人だ。」
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「3人……。」
山下が驚く。
「一気に増えますね。」
「だから、お前たちに頼みたい。」
寺島は4人を見る。
「教える側になってもらう。」
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4人は顔を見合わせた。
まだ自分たちは若手。
そう思っていた。
しかし。
いつの間にか、自分たちの後ろを走る人ができる。
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「担当は分ける。」
寺島が続ける。
「細野。」
「はい。」
「安全確認と運転士としての基本を頼む。」
「分かりました。」
「大森。」
「はい。」
「点検、ルール、時間管理を頼む。」
「了解しました。」
「川村。」
「はい。」
「接客や、お客様への向き合い方を教えてやれ。」
「分かりました。」
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「山下。」
「はい。」
「お前は補佐だ。」
「新人の気持ちを一番分かるのは、お前だ。」
山下は少し驚いた。
「俺ですか?」
「ああ。」
「事故を経験したからこそ、伝えられることがある。」
山下は静かに頷いた。
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数日後。
営業所に3人の新人運転士がやってきた。
「本日からお世話になります!」
一人目。
「佐伯直人です。」
30代前半。
前職は配送ドライバー。
運転経験はあるが、路線バスは初めて。
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「高木亮です。」
二人目。
20代後半。
接客業から転職。
人と話すことは得意だが、大型車両の運転に不安を感じている。
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「村上拓也です。」
三人目。
40代。
別業種からの転職。
社会経験はあるが、新しい環境への緊張が強い。
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「よろしくお願いします。」
3人が頭を下げる。
細野は昔の自分を思い出した。
自分も最初は同じだった。
制服を着るだけで緊張した。
ハンドルを握るだけで手に汗をかいた。
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最初の車両点検。
「まず、車両を見るところからです。」
細野が説明する。
「バスは大きいです。」
「だから、小さな異常を見逃さないことが大事です。」
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大森は点検表を見せる。
「順番を決めてください。」
「毎回同じ手順にすることで、確認漏れを防げます。」
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川村は新人たちに声をかける。
「お客様は、運転技術だけを見ているわけじゃありません。」
「挨拶や気遣いも、運転士の仕事です。」
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少し離れた場所で、山下が見ていた。
「どうですか?」
細野が聞く。
「緊張してるな。」
「でも。」
山下は笑う。
「俺たちも最初はあんな感じだった。」
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その日の夕方。
車庫。
3人の新人は疲れた表情を浮かべていた。
「覚えることが多いですね……。」
佐伯が言う。
「大丈夫です。」
川村が笑う。
「最初はみんなそうです。」
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細野はバスを見る。
以前は教えてもらう側だった。
寺島主任。
金城さん。
多くの先輩たちに支えられた。
今度は自分たちが支える番。
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「よろしくお願いします。」
新人3人が頭を下げる。
細野は頷いた。
「こちらこそ。」
「一緒に覚えていきましょう。」
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池巣自動車営業所。
下町を支える場所で。
新しい世代へのバトンが渡り始めていた。
(第9話・後編へ続く)




