ここが新しい職場!?(後半)
「お前ら、いつまで入口で立ち話してる。」
低く、よく通る声が営業所の玄関に響いた。
四人が一斉に振り向く。
そこには、黒縁眼鏡をかけた五十代後半ほどの男性が立っていた。
制服はきっちりと着こなし、ネクタイ一つ乱れていない。
営業所全体を見渡すような鋭い視線に、自然と背筋が伸びる。
「しょ、所長。」
寺島が珍しく姿勢を正した。
「新人を驚かせて遊んでました。」
「……あとで話がある。」
「ひぇっ。」
さっきまで豪快に笑っていた寺島が、小さく肩をすくめる。
その様子を見て、山下が小声でつぶやいた。
「所長、ラスボスじゃん……。」
「聞こえてるぞ。」
「すみませんでした!」
営業所中から笑いが起きた。
所長は口元だけ少し緩める。
「緊張するのは分かる。だが、ここは笑うところでも、遊ぶところでもない。」
四人は真剣な表情になる。
「お客様の命を預かる職場だ。そのことだけは忘れるな。」
「はい!」
今度は四人の返事がぴたりとそろった。
「よし。点呼室へ。」
営業所の中へ入ると、無線の音、電話のベル、運転士たちの「おはようございます」が飛び交っていた。
壁一面には運行表。
ホワイトボードには担当路線がびっしり書かれている。
「思ったより忙しそうだな……。」
孝太郎が見回していると、
「当たり前です。」
後ろから女性の声。
振り向くと、ショートカットの女性が書類の束を抱えて立っていた。
二十九歳くらい。
制服姿がよく似合う。
凛とした雰囲気がある。
「初めまして。」
軽く会釈する。
「藤崎彩です。」
「よろしくお願いします!」
四人が慌てて頭を下げる。
「私は皆さんの教習にも関わります。」
その一言で、空気が少し張り詰めた。
「一つだけ言います。」
藤崎は四人を見回す。
「新人だから失敗するのは構いません。」
四人は少し安心した。
しかし次の言葉で、その安心は吹き飛ぶ。
「同じ失敗を二回したら、本気で叱ります。」
「……。」
「命を預かる仕事ですから。」
営業所が静まり返る。
すると突然、
「藤崎さん。」
寺島がニヤニヤしながら近づく。
「今日は怖さ五割増し?」
「寺島さん。」
「はい。」
「さっき新人を脅かしてましたよね?」
「……。」
「所長がお呼びです。」
「終わった……。」
寺島は肩を落として去っていく。
営業所中が笑いに包まれた。
藤崎も小さく笑う。
「寺島さんは、あれで新人思いなんですよ。」
「そうなんですか?」
「毎年、新人が辞めないように一番気にしてるのは寺島さんです。」
「へぇ……。」
怖そうな見た目とのギャップに、孝太郎は少し驚いた。
その時だった。
営業所の入口が勢いよく開く。
「おはようございまーす!」
明るい声とともに、一人の女性が紙袋を抱えて入ってきた。
スーツ姿。
ヒールを鳴らしながら営業所を歩く姿は、自信に満ちている。
「西園寺さん!」
ベテラン運転士が声を上げる。
「今日は何持ってきたの?」
「新しい保険のパンフレットですよ♪」
「いらなーい!」
「即答ですか!?」
営業所中が爆笑する。
「寺島さん!」
「所長室です。」
「えっ!?」
「今です。」
「タイミング悪っ!」
再び笑いが起きた。
西園寺美月は困ったように笑いながら、新人四人に気づく。
「あ、新人さん?」
「はい。」
四人がそろって頭を下げる。
「初めまして。西園寺美月です。保険会社の営業をしています。」
「よろしくお願いします。」
「皆さん、頑張ってくださいね。」
その笑顔は営業スマイルなのだろう。
それでも自然と元気をもらえる笑顔だった。
山下が小声で孝太郎にささやく。
「美人だな。」
「聞こえてますよ?」
西園寺がにっこり笑う。
「うわぁぁ!」
山下は顔を真っ赤にした。
営業所中からまた笑い声が上がる。
孝太郎はその光景を見ながら思った。
厳しい所長。
面倒見のいい整備主任。
仕事に妥協しない藤崎先輩。
営業所の人気者、西園寺美月。
そして、一緒に笑い合える同期三人。
――ここなら、頑張れる。
そう思えた春の朝だった。
しかし、その日の午後。
新人四人は教習車を前にして、「バスの大きさ」を思い知ることになる。
まだ誰も、自分たちの悲鳴が営業所中に響き渡ることになるとは知らなかった。
(第1話 完)




