8話 台風の日、守るべき路線(前編)
夏の終わり。
池巣自動車営業所の朝は、いつもと変わらず始まっていた。
車庫には青と白のバスが並び、運転士たちは出庫準備を進めている。
「おはようございます。」
細野孝太郎が事務所へ入る。
「おはよう。」
寺島主任が声をかける。
「最近、顔つきが変わったな。」
「そうですか?」
細野は少し照れる。
「前より落ち着いて見える。」
「まだまだですよ。」
「そう言えるうちは大丈夫だ。」
寺島は笑った。
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「おはようございます!」
大きな声が響く。
山下恒一だった。
「相変わらず元気ですね。」
大森恒一が時計を見る。
「時間も問題ありません。」
「それ褒めてる?」
「事実です。」
いつものやり取りに、細野と川村健吾も笑う。
四人が新人として入ってから、少しずつ時間が経った。
失敗もした。
悩むこともあった。
それでも。
四人は少しずつ運転士らしくなっていた。
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その日の朝。
事務所のテレビには、台風情報が流れていた。
『大型の台風が、週末にかけて関東地方へ接近する見込みです』
「かなり大きいですね。」
川村が画面を見る。
「進路によっては直撃する可能性もあります。」
大森が答える。
山下は腕を組む。
「この辺りは川が多いからな。」
「雨量次第では注意が必要だ。」
細野も頷く。
池巣営業所の担当エリアには、川を越える路線が数多くある。
橋を渡る。
河川沿いを走る。
向こう岸の住宅地を結ぶ。
それは普段なら当たり前の運行だった。
だからこそ。
異常が起きた時の判断が重要になる。
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翌日。
台風接近に伴い、営業所では対応会議が開かれた。
所長。
運行担当。
各主任。
そして事故担当の矢野誠。
資料には、台風時の対応計画がまとめられていた。
「今回の台風は、通常運行が難しくなる可能性があります。」
運行担当が説明する。
「安全確保のため、計画運休を実施します。」
所長が頷く。
「利用されるお客様には不便をかける。」
「だが。」
「池巣営業所が守るべきものは、時間だけではない。」
「地域の皆さんの安全だ。」
その言葉に、全員が真剣な表情になる。
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矢野が口を開く。
「事故担当として伝えておきます。」
「台風の日は、普段なら問題ない場所が危険になります。」
「風。」
「雨。」
「視界。」
「そして河川の状況。」
「少しでも不安があれば、無理をしないでください。」
細野たちは頷いた。
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そして。
台風前日。
東都交通局から正式な発表が出された。
『台風接近に伴う計画運休について』
安全確保のため。
一部路線の運休。
大幅な減便。
状況による運行変更。
利用者へ向けた案内だった。
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台風当日の朝。
池巣自動車営業所。
外はすでに強い雨が降っていた。
車庫には雨音が響いている。
「来ましたね。」
細野が外を見る。
「ああ。」
寺島主任が頷く。
「でも、やることはいつもと同じだ。」
「確認する。」
「無理をしない。」
「安全に戻る。」
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点呼。
健康確認。
車両確認。
担当確認。
通常なら多くの便数が走る路線も、今日は減便される。
それでも。
完全に止めることができない路線がある。
この街で暮らす人がいるからだ。
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「細野。」
寺島が声をかける。
「今日の運転で大事なのは、上手く走ることじゃない。」
「周りを見ることだ。」
「はい。」
細野は返事をする。
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同期四人は、それぞれ担当車両へ向かった。
細野。
川村。
大森。
山下。
いつもの街へ。
いつもの人たちのために。
ただし今日は。
いつもとは違う一日になる。
台風の日の運行が始まろうとしていた。
(第8話・後編へ続く)




