7話 熱海の夏、秘密の夜(中編②)
海で思いきり遊んだ六人は、近くの食堂で昼食をとることにした。
「やっぱり熱海まで来たら海鮮だよな。」
山下がメニューを開く。
「全部おいしそうで迷います。」
川村が真剣な表情で見つめる。
「迷いすぎです。」
大森が苦笑した。
「決まりました?」
「まだです!」
そのやり取りに、テーブルは笑いに包まれる。
細野は海鮮丼を注文し、西園寺はしらす丼、藤崎は刺身定食を選んだ。
「いただきます。」
六人が声をそろえる。
「おいしい!」
川村が思わず声を上げた。
「これは来た甲斐がありますね。」
細野も笑顔になる。
食事を終える頃には、時刻は午後三時を回っていた。
「そろそろ帰りますか。」
細野が時計を見る。
「渋滞する前に出たいですね。」
「そうだな。」
山下も立ち上がった。
六人は保養所へ戻り、預けていた荷物を受け取る。
細野は車へ荷物を積み込む前に、スマートフォンで交通情報を確認した。
「……あれ?」
表情が変わる。
「どうした?」
山下がのぞき込む。
細野は画面を見せた。
「東名高速で事故です。」
「事故?」
大森も近づく。
「上下線ともかなり混雑していますね。」
画面には真っ赤に表示された渋滞情報。
事故の影響で、大規模な渋滞が発生していた。
「うわぁ……。」
川村が思わず声を漏らす。
「何時間くらいなんですか?」
「このまま出ても。」
細野は画面を見つめたまま答えた。
「営業所の近くまで帰るのは夜中になるかもしれません。」
「そんなに!?」
西園寺が驚く。
藤崎も心配そうな表情になる。
「細野さん、一人で運転するんですよね。」
「はい。」
細野は頷いた。
「無理をして運転するのは危険です。」
しばらく沈黙が流れた。
最初に口を開いたのは山下だった。
「だったら。」
「今日は帰るのやめるか。」
「え?」
川村が聞き返す。
「日帰りの予定だったけど。」
山下は笑う。
「俺たち夏期休暇中だろ?」
「明日帰っても問題ないじゃないか。」
その一言に、全員が顔を見合わせた。
細野が口を開く。
「保養所に空きがあれば……。」
「泊まれますね。」
大森が頷く。
「確認してみましょう。」
六人は再び受付へ向かった。
受付係は空き状況を確認すると、笑顔で答えた。
「運よく男女一部屋ずつ空いております。」
「ご利用になりますか?」
細野たちは顔を見合わせる。
「お願いします。」
細野が代表して答えた。
「ありがとうございます。」
受付を済ませると、部屋の鍵を受け取る。
「助かりました。」
保養所を出た山下は、大きく息をついた。
「これで安心だな。」
「夏期休暇でよかったですね。」
川村も笑顔を見せる。
「帰りを焦る必要がなくなりました。」
細野もほっとしたように微笑む。
予定にはなかった一泊。
それは六人にとって、この旅行をさらに忘れられないものへ変えていくことになる。
男女一部屋ずつ宿泊できることが決まり、六人は安堵の表情を浮かべていた。
「これで安心ですね。」
西園寺がほっとしたように笑う。
「事故渋滞じゃ仕方ないもんな。」
山下も肩の力を抜いた。
その時、受付の職員が声をかける。
「本日ご宿泊のお客様には、無料で浴衣の貸し出しをしております。」
「お好きな柄をお選びいただけますよ。」
「浴衣ですか?」
西園寺の表情が明るくなる。
「せっかくですし……。」
藤崎を見る。
「浴衣で夏祭りに行きませんか?」
藤崎は少し驚いたあと、優しく微笑んだ。
「いいですね。」
「夏祭りですし、せっかくの思い出になります。」
「決まりですね!」
川村が嬉しそうに笑う。
すると山下が口を開いた。
「じゃあ俺たちは先に祭り会場へ行って待ってる。」
「女性は着付けもあるだろ?」
「入口で待ち合わせにしよう。」
「分かりました。」
西園寺が笑顔で頷く。
「少しお待たせするかもしれません。」
「気にしなくていいよ。」
細野が微笑む。
「ゆっくり準備してください。」
女子二人は職員に案内され、浴衣を選びに向かった。
男子四人は部屋へ荷物を置いたあと、徒歩で夏祭り会場へ向かう。
提灯が灯り始め、屋台からは焼きそばやたこ焼きの香りが漂ってくる。
「思ったより大きな祭りですね。」
川村が辺りを見回した。
「熱海の夏祭りだからな。」
山下が笑う。
「細野。」
「屋台気になるか?」
「気になりますけど。」
細野は笑って首を振る。
「六人そろってからにしましょう。」
「細野らしいな。」
山下が笑った。
「じゃあ入口で待つか。」
四人は祭り会場の入口で並んで待つ。
十分ほど経った頃だった。
「お待たせしました。」
聞き慣れた声が聞こえる。
四人が振り向いた。
一瞬、時間が止まったようだった。
藤崎は紺地に朝顔柄の浴衣。
落ち着いた色合いが、大人びた雰囲気をさらに引き立てている。
西園寺は淡い水色に金魚柄の浴衣。
夏らしく爽やかな印象で、明るい笑顔がよく映えていた。
二人とも髪をまとめ、普段とは違う装いに四人は思わず見入ってしまう。
「……。」
最初に口を開いたのは山下だった。
「おぉ。」
「二人とも、すごく似合ってるじゃん。」
「ありがとうございます。」
西園寺が少し照れながら笑う。
藤崎も恥ずかしそうに頭を下げた。
「ありがとうございます。」
山下は隣の細野を肘で軽くつつく。
「細野。」
「こういう時はちゃんと言うもんだ。」
「えっ?」
細野は少し照れながら二人を見る。
「その……。」
「二人とも、本当に似合ってます。」
「浴衣姿、すごく素敵です。」
その言葉に、西園寺は嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます。」
藤崎も柔らかく微笑む。
「嬉しいです。」
「よし!」
川村が笑顔で手を叩いた。
「それじゃあ祭りを楽しみましょう!」
「はい!」
六人は並んで祭り会場へ足を踏み入れた。
色鮮やかな提灯。
威勢のいい掛け声。
どこか懐かしい祭り囃子。
仕事では見られない笑顔が、そこにはあった。
この夏祭りが、六人の距離をさらに縮める夜の始まりになることを、この時はまだ誰も知らなかった。
(後編へ つづく)




