7話 熱海の夏、秘密の夜 (中編①)
車は保養所の駐車場へゆっくりと入った。
「着きました。」
細野がエンジンを切る。
「お疲れ!」
山下が大きく伸びをした。
「思ったより早く着きましたね。」
大森が腕時計を見ながら言う。
「この時間に出たのが正解でした。」
細野は笑顔で答えた。
六人は車から荷物を降ろし、保養所の受付へ向かう。
受付を済ませると、職員が笑顔で案内してくれた。
「お荷物はこちらでお預かりします。」
「ありがとうございます。」
細野が代表して頭を下げる。
「身軽になりましたね。」
西園寺が肩を回しながら笑う。
「まずは海だな!」
川村は待ちきれない様子だった。
「じゃあ、着替えたら海で集合ということで。」
山下が言う。
「はい。」
藤崎と西園寺は頷き、女子更衣室へ向かう。
男子四人も男子更衣室へ入った。
◇
「海なんて久しぶりだな。」
山下がTシャツを脱ぎながら笑う。
「学生以来かもしれません。」
川村も笑顔を見せる。
「細野は?」
「去年、家族と来ました。」
「でも、友達と来るのは初めてです。」
少し照れくさそうに細野が答える。
「俺も同じようなもんだ。」
山下が笑う。
その横で、大森は静かに着替えを済ませていた。
「皆さん、準備が早いですね。」
「楽しみにしてたからな。」
山下が笑う。
数分後。
四人は先に海岸へ出た。
目の前には、太陽の光を受けて輝く青い海が広がっている。
「うわぁ!」
川村が思わず声を上げる。
「やっぱり海はいいですね!」
「最高だな。」
山下も笑う。
細野は潮風を胸いっぱいに吸い込んだ。
「運転の疲れも吹き飛びますね。」
波の音だけが静かに聞こえる。
四人は波打ち際まで歩いていく。
「まだ二人来ませんね。」
川村が振り返る。
「女性は準備に時間がかかるもんだ。」
山下が笑う。
「気長に待とう。」
その時だった。
「お待たせしました。」
後ろから声が聞こえた。
四人が一斉に振り向く。
一瞬、時間が止まったようだった。
藤崎はネイビーのボーダー柄ビキニに白い薄手のパーカーを羽織り、落ち着いた雰囲気の中にも夏らしい爽やかさが感じられた。
西園寺は水色の水玉柄ビキニに白いパーカーを合わせ、明るく可愛らしい笑顔がよく映えていた。
普段の制服姿とはまったく違う二人に、四人は思わず見入ってしまう。
「……。」
最初に口を開いたのは山下だった。
「二人とも、すごく似合ってるじゃん。」
「ありがとうございます。」
西園寺が少し照れながら笑う。
藤崎も小さく頭を下げた。
「ありがとうございます。」
細野は思わず目をそらした。
その様子を見た山下が、細野の肩を軽く叩く。
「おい、細野。」
「え?」
「ちゃんと褒めてやれ。」
「えっ!?」
突然話を振られ、細野は慌てる。
藤崎と西園寺が細野を見つめる。
少しだけ沈黙が流れた。
「……その。」
細野は照れ笑いを浮かべながら二人を見た。
「本当に似合ってます。」
「制服の時とは雰囲気が違って、すごく素敵です。」
一瞬驚いた表情を見せた二人だったが、すぐに笑顔になった。
「ありがとうございます。」
西園寺が嬉しそうに微笑む。
「そう言ってもらえて安心しました。」
藤崎も穏やかに笑った。
「ありがとうございます。」
「おー!」
川村が拍手する。
「細野さん、ちゃんと言えましたね!」
「からかうな。」
細野は苦笑する。
そのやり取りに全員が笑い出した。
緊張していた空気はすっかり和らいでいた。
「それじゃあ。」
山下が海を指差す。
「せっかく来たんだ。」
「思いっきり遊ぼう!」
「はい!」
六人は笑顔で波打ち際へ向かって駆け出した。
青い海と夏空の下で始まる、仕事を忘れた六人だけの一日。
この時間が、忘れられない夏の思い出になっていくことを、まだ誰も知らなかった。
ザブーン――。
波打ち際まで駆け寄った川村は、真っ先に海へ飛び込んだ。
「冷たーい!」
その声に、全員が笑う。
「川村さん、子どもみたいですね。」
西園寺が笑いながら波打ち際まで歩く。
「夏の海ですよ!」
「テンション上がります!」
川村は満面の笑みだった。
細野もゆっくりと海へ足を入れる。
「思ったより冷たいですね。」
「でも気持ちいい。」
山下も続いて海へ入る。
「運転の疲れが飛ぶな。」
藤崎も波に足を浸ける。
「海なんて何年ぶりだろう……。」
穏やかな波が足元をさらっていく。
「気持ちいいですね。」
大森も静かに頷いた。
その時だった。
バシャッ!
「きゃっ!」
西園寺に水しぶきがかかる。
犯人は川村だった。
「あっ!」
「すみません!」
そう言いながら、本人は笑いをこらえきれていない。
「川村さん!」
「絶対わざとですよね!」
西園寺も両手で海水をすくい、川村へ思い切りかけ返す。
「うわっ!」
「やったな!」
二人の水の掛け合いが始まった。
「細野!」
山下が笑う。
「見てるだけか?」
「え?」
その瞬間。
バシャッ!
川村の水しぶきが細野にも飛んできた。
一瞬驚いた細野だったが、すぐに口元が緩む。
「……そういうことか。」
ニヤリと笑うと、両手いっぱいに海水をすくい上げる。
「川村!」
「覚悟!」
バシャーン!
「うわぁ!」
今度は川村が全身びしょ濡れになる。
「細野さん!」
「本気じゃないですか!」
「先に仕掛けたのは川村だろ!」
細野も珍しく大きな声を出して笑っていた。
営業所では見せない、年相応の無邪気な笑顔だった。
「俺も混ぜろ!」
山下まで参戦する。
「ちょっ、山下さん!」
川村が逃げる。
しかし逃げ切れず、水しぶきを浴びて大笑いした。
「藤崎さん!」
「いきますよ!」
西園寺が藤崎へ水をかける。
「きゃっ!」
藤崎も笑いながら応戦した。
「美月さん!」
「負けません!」
四方八方から水しぶきが飛び交う。
笑い声は海岸中に響いていた。
少し離れた場所で見ていた大森は、小さく笑う。
「皆さん、本当に楽しそうですね。」
「大森さん!」
川村が振り返る。
「見てないで来てください!」
「え?」
次の瞬間。
バシャッ!
「……。」
大森も水を浴びた。
「川村さん。」
「やりましたね。」
そう言うと、大森は静かに海水をすくい上げる。
「倍返しです。」
バシャーン!
「冷たーい!」
川村の悲鳴に、全員がまた笑った。
ひとしきり遊んだ六人は、砂浜へ戻る。
「疲れたぁ……。」
川村がその場へ寝転がる。
「まだ午前中ですよ。」
大森が苦笑する。
「全力で遊びすぎです。」
「だって楽しいんですもん。」
川村は照れ笑いを浮かべた。
「飲み物買ってきます!」
「私も行きます。」
藤崎が立ち上がる。
「じゃあ私も。」
西園寺も後に続いた。
三人が売店へ向かう。
砂浜には細野、山下、大森の三人が残った。
山下は笑いながら細野を見る。
「さっき、結構はしゃいでたな。」
「いや……。」
細野は少し照れる。
「たまにはいいかなと思って。」
「それでいいんだよ。」
山下は笑う。
「仕事じゃ見られない細野が見られた。」
「同期で来た甲斐があったな。」
その言葉に、細野は少し照れくさそうに笑った。
やがて飲み物を抱えた三人も戻ってくる。
「お待たせしました!」
「ありがとうございます。」
冷えたスポーツドリンクを受け取り、一息つく六人。
空には真夏の青空が広がり、波は静かに砂浜へ打ち寄せていた。
誰もが、この楽しい一日が予定どおり日帰りで終わるものだと思っていた。
この時は、まだ――。
(中編②へ つづく)




