第2話:初依頼のはずが、とんでもない同行者がいた件
ようやく冒険者らしい活動が始まります。
ただし、幼馴染のリリアが一緒なので、普通の冒険者生活になるかどうかは怪しいところです。
今回も気軽に楽しんでいただければ幸いです。
翌朝、目が覚めた瞬間に気づいた
部屋の中が、いい匂いする
「……え?」
俺はベッドの上で上体を起こした
窓から差し込む朝の光。木製の古びたテーブルの上に、湯気を立てるスープと、焼きたてらしいパンが置いてある
「おはよう、ケンジ」
椅子に座って、にこにこしているリリアがいた
「…………」
「スープ、冷める前に食べてね」
「……お前、どこから入ってきた」
「扉」
「鍵かけたんだが」
「うん」
「うん、じゃないよ。どうやって開けたんだ」
「魔法」
さらっと言った
俺は額に手を当てた
魔力測定でおじさんの水晶球を粉砕したやつが、扉の鍵くらい朝飯前に開けるのは道理である
「……次から、ノックしてくれ」
「ケンジが開けてくれなかったら?」
「そのときは縁がなかったと諦めてくれ」
「開けるまでノックし続けるね」
「俺が死んでも?」
「……ケンジが死ぬのは困る」
少しだけ真剣な目になった
「だから死なないようにする。一緒にいれば私が守れるから」
「……お前が怖いんだよ、問題は」
「怖くない」
「怖い」
「……そう?」
首をかしげた。本当にわかっていない顔だった
俺はため息をついて、テーブルのスープに手を伸ばした
「……どこで作ったんだ、これ」
「宿の厨房を借りた。主人のおばさんがいい人だった」
「勝手に厨房使うな」
「頼んで使った。笑顔で許してくれた」
……それはそうだろう。リリアの笑顔を見て断れる人間がどこにいるというんだ
一口飲んだ
「…………」
うまかった
「……うまい」
「よかった。ケンジの好きな味、全部覚えてある」
どんな顔をすればいいかわからなかった
怖いのは変わらない。でも正直、うまい
「……今日、依頼に行く」
「一緒に行く」
「お前はどうせ冒険者登録もしてないだろ」
「してきた」
「……いつ」
「昨日の夜」
俺が寝てる間に冒険者登録を済ませてきたらしい
「何ランクだ」
「Dランク。ケンジと同じ」
「当然のように同ランクになるな」
「あのおじさん、ちょっと震えてた」
……魔力測定のときのあのおじさんと同じ顔のギルド職員が浮かんだ
「……一緒に来ていい。でも俺の邪魔はするな」
「しない」
「戦闘中に勝手に動くな」
「動かない」
「何かあったらすぐ俺に言え」
「言う」
返事だけは完璧だった
なぜか、ものすごく不安だった
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冒険者ギルドは、王都外れの大通り沿いにある
朝イチということもあって、依頼掲示板の前には先客が何人かいた
ベテランらしき大柄な男たちが、上位ランクの依頼書を手に取っている
俺とリリアは、Dランク依頼の欄を探した
「これがいい」
俺が指差したのは、『近郊森林でのゴブリン討伐・5体・報酬:銀貨3枚』という依頼だった
「ゴブリンか」
「弱い。俺でも複数相手できる」
「ケンジが危ない目に遭いそうなのは嫌だけど……ゴブリンくらいなら許す」
「俺がお前に許可を求めてた覚えはないが」
「これからは求めてくれると嬉しい」
「しない」
「……むっ」
珍しく少しだけ唇を尖らせた
俺は受付に依頼書を持って行った
受付のお姉さんが、俺とリリアを交互に見て言った
「お二人で受注ですね。ご兄妹ですか?」
「許婚です」
「違います。幼馴染です」
「……そうですか。お気をつけて」
受付のお姉さんが若干引いた顔で依頼書を受け取った
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王都近郊の森は、冒険者の「練習場」みたいな場所だった
ゴブリンが出る。スライムが出る。たまにホーンラビット(ウサギに角が生えたやつ)が出る
ようするにザコが出る
「《加速》」
俺は小声でスキルを発動しながら、木々の間を進んだ。
《加速》を使うと、体の動きが一段階早くなる。反応速度もあがる。慣れてくると「ゆっくりな世界の中で自分だけ動ける」感覚に近い
「《鑑定》」
前方の茂みに向けて鑑定を飛ばした
ゴブリン3体。レベル4。武装:粗末な棍棒
余裕だ
「リリア、茂みの中に3体いる。俺が前に出る。お前は後ろで——」
「もう終わった」
「……え?」
茂みから、ゴブリン3体がふわりと舞い上がって、地面に転がった
ぴくりとも動いていない
「ど、どうやった」
「風の魔法。ちょっと圧縮したやつ」
「……"ちょっと圧縮"で気絶するの?」
「死んではないよ。ケンジが戦うのを見たかったから手加減した」
「……俺のために手加減したのか」
「ケンジが活躍する姿が見たい。邪魔したくなかったけど、我慢できなかった。ごめんね」
ニコッ
謝りながら笑顔だった
「……俺が邪魔するなって言ったのはそういう意味じゃないが」
「ごめんね」
「……まあ、無事ならいい」
俺は倒れたゴブリンに近づいて《鑑定》をかけた
ゴブリン×3、討伐確認。素材:ゴブリンの耳(換金可)
耳を切り取る作業は、俺がやった
リリアは俺の真後ろに立って、じっと見ていた
「……怖くないか」
「ケンジがやってるから大丈夫」
「お前が心配なんだが」
「大丈夫。ケンジが隣にいれば何でも大丈夫」
……本当に大丈夫なのかどうか、判断がつかなかった。
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結局、その日のうちに5体の討伐を達成した
内訳:リリアが先に4体、俺が1体
「……お前に言ったこと守る気あった?」
「あった。でもケンジに近づいてたから」
「俺を守ろうとしたのか」
「うん」
「……ゴブリンに俺が負けるとは思ってないが」
「万が一があるから」
「お前の万が一への過剰反応がすごいな」
「ケンジのことなら当然」
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帰り道、俺たちは大通りの露店でパンを買った
果実入りのパンで、ほんのり甘かった
「おいしい」
リリアが小さく目を細めた
「うまいな」
「ケンジは甘いもの好き?」
「まあ、嫌いじゃない」
「覚えた」
「なんでも覚えるな」
「ケンジのことは全部覚えたい」
「……どこまで?」
「全部」
即答だった
俺はパンをかじりながら、少しだけ遠くを見た
前世の記憶が時々ふっと浮かぶ
ブラック企業で毎日終電まで働いて、誰にも「大丈夫?」と聞かれることなく、気づいたら胸が痛くなって死んでいた
……誰かがそこまで俺のことを覚えてたか、と言われると
答えはノーだった
「……リリア」
「うん」
「俺のこと、そんなに大事か」
「うん」
「なんで」
「……最初に笑ってくれたから」
「……え?」
「孤児院に来た日。隣のベッドにいたケンジが、私を見て笑ってた。あの笑顔、今でも覚えてる」
「……俺、そんなことしたっけ」
「した。ものすごく自然に笑ってた。怖がらなかった。普通に笑いかけてくれた」
俺はぼんやりと、八年前の記憶を掘り起こした
隣のベッドに寝かされた赤ちゃんが笑ったから、思わず笑い返した
それだけの話だ
「……それだけで?」
「それだけで」
「大げさじゃないか」
「大げさじゃない。孤児院に来た日、ひとりだった。家族もいなかった。知らない場所で、知らない人たちの中で、泣きたかった。でもケンジが笑ってくれたから、大丈夫だと思った」
静かな声だった
いつものニコニコとは少し違う
「それだけのことで、誰かが笑顔になれるなら——そういう人、大事にしたい。ずっと隣にいたい。当たり前でしょ?」
「……当たり前ではない、とは言わないが」
「言えない?」
「……言えるかどうかじゃなく、お前の行動が行き過ぎることがある」
「そう?」
「ガルムを追い出しただろ」
「……」
初めて、少しだけ黙った
「あれは——ケンジを取ろうとしてたから」
「ガルムはお前に話しかけてただけだろ」
「でも目がケンジを見てた」
「……は?」
「『リリアを口実にケンジに近づきたい』って目してた。わかる」
俺には全くわからなかった
「……ガルムは何もしてないんだぞ」
「未然に防いだ」
「それを人間にやるのはまずい」
「ケンジを守るためなら仕方ない」
「俺はそんなことで守られたくない」
「……」
また少しだけ黙った
「ケンジが嫌なら、次は相談する」
「相談?」
「ケンジが『消えさせていい』って言ったら消えさせる。ケンジが『ダメ』と言ったらしない」
「俺が許可しないと動かないということか」
「うん」
「……それはそれで怖いんだが」
「怖くない」
「怖い」
「……むっ」
また唇が尖った
俺は額を押さえた
前進しているのか後退しているのかよくわからないが、少なくとも「相談する」という言葉は引き出した
……それでいいのか、本当に?
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宿に戻った
報酬の銀貨を数えて、宿代と食費を引いたら、残りは少ないが生活できるくらいにはなった
「明日も依頼するか」
「一緒に行く」
「……まあ、今日みたいに邪魔しなければ」
「した?」
「……4対1ではしたと言える」
「ごめん。でもケンジの背中を守ったから、よかった?」
「……悪くはなかった」
認めた
実際、リリアが後方を固めてくれていたから、俺は前だけ見て動けた
それは、素直にやりやすかった
「上手くなるよ、もっと」
リリアが言った
「ケンジと一緒にいたいから、ケンジの邪魔にならないように、ちゃんとやる」
「……そういうことを自然に言うな」
「自然に思ってるから」
「……」
俺はそっぽを向いた
なんか、こう
うまく言えないけど
心臓のあたりが、少しだけ変な感じがした
(……お前な。そういう顔で、そういうことを言うな)
「おやすみ、ケンジ」
リリアが部屋を出て行こうとした
扉のところで振り返った
「今日、楽しかった。ありがとう」
「……俺は別に何も——」
「一緒にいてくれてありがとう」
にっこり
満開の、笑顔
「……」
「また明日ね」
扉が閉まった
俺はしばらく、その扉を見つめていた
(……ヤンデレなのは確かだ。怖いのも確かだ。)
(でも)
俺は天井を見上げた
(……あの笑顔は、ずるいな)
思い出した
前世の終わりの瞬間を
誰かに「ありがとう」と言われた記憶が、一個も出てこなかった
「……ちくしょう」
ランプを消した
部屋が暗くなった
俺はベッドに倒れ込んで、目をつぶった
追いかけてくるのは困る。鍵を魔法で開けるのも困る。ガルムを追い出したのは本当によくない
……でも
(……まあ。悪い人間じゃないな)
絶対に声には出さない
でもそれだけは、正直に思った
翌朝、俺が目を覚ました時——
やっぱりリリアは部屋にいた
今度はちゃんと扉から入ってきた
……鍵を、どうやって開けたかは、聞かないことにした
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第3話へ続く
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
リリアなりにケンジを大切にしているのですが、どうにも愛情表現が行き過ぎてしまうようです。
ケンジも少しずつ彼女を受け入れ始めていますが、まだまだ苦労しそうですね。
次回もお付き合いいただけると嬉しいです。




