第3話:ヤンデレと依頼と、俺が知らなかった話
幼馴染の愛が重い。けれど、冒険者としての実力は本物。
今回はそんなリリアとケンジの、ちょっと真面目な冒険者生活のお話です。
なお、リリアは今日も平常運転です。
朝から、嫌な予感がしていた。
根拠はない。
ただ、宿の食堂に降りた瞬間に感じた「空気の重さ」みたいなものが、俺の前世サラリーマン的勘を刺激した。
「ケンジ」
リリアが手を振った。
もう席についている。しかも俺の分の朝食まで用意して。
「……早いな」
「ケンジが起きるのを待ってた」
「何時から?」
「日が昇る前から」
「寝ろ」
「ケンジと一緒じゃないと眠れない」
「物騒なことを自然に言うな」
俺は向かいに座って、パンをちぎった。
食堂には他にも冒険者らしき客が数人いた。みんな、ちらちらとリリアを見ている。
……まあ、そうなるよな。
リリアは銀色の髪を緩く束ねて、薄い青のワンピースを着ていた。孤児院育ちとは思えない、というか、どこで入手したんだその服。
「昨日、市場で買った」
「声に出てたか」
「顔に出てた」
「……」
俺はスープを飲んだ。
昨日と同じくらいうまかった。今日は宿の厨房は使ってないはずなのに、なぜかリリアが作ったみたいな味がする。
「宿のおばさんに頼んで、少しだけ味付け変えてもらった」
「なんで宿のおばさんがお前の言うこと聞くんだ」
「笑顔で頼んだ」
「……」
リリアの笑顔は、ある種の凶器だと俺はすでに理解している。
問題は本人がそれを自覚していないことだ。
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「今日の依頼、決めてある?」
パンを食べながらリリアが聞いた。
「ギルドで選ぶ」
「じゃあ私も選んでいい?」
「……参考程度に聞く」
「やった」
喜ぶな。
俺は昨日の依頼を思い返した。
ゴブリン5体討伐。結果は出た。問題は、リリアが4体先に片付けたことだ。
俺の仕事は1体。
……冒険者として、これでいいのかという疑問が普通に湧く。
「ケンジ」
「なんだ」
「昨日、私が先に動いたこと——本当はどのくらい嫌だった?」
「……正直に聞くな」
「正直に答えてほしい」
俺はパンをテーブルに置いた。
「嫌、というより」
少し考えた。
「俺が動く前に終わると、俺の《加速》と《鑑定》が何の役にも立たない。それが問題だ」
「スキルが育たない?」
「使わないと伸びないからな」
「……ごめん」
「謝ることじゃない。俺の問題だ」
「でも私のせいで——」
「だから、今日は俺が先に動く。お前は後ろで待て」
「……わかった」
珍しく素直に頷いた。
「守るのは後回しにする。ケンジのスキルが大事」
「そういう意味じゃ——」
「でも万が一、ケンジに危険が及びそうになったら動く」
「……まあ、それはいい」
「よかった」
にっこり。
……なんか負けた気がするが、落としどころとしては悪くなかった。
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ギルドに向かう途中、大通りで声をかけられた。
「おい、昨日の嬢ちゃん」
振り返ると、大柄な男が三人立っていた。
冒険者だ。装備の感じからCランクかBランクか——体格も態度も、明らかに場慣れしている。
リードして話しかけてきたのは、赤茶の髪に傷跡のある男だった。年は三十前後か。
「昨日、ギルドで見たな。Dランク登録したてだろ?」
「そうです」
リリアは表情を変えなかった。
「お前の魔力測定、ギルド中で噂になってる。水晶球を粉砕したってのは本当か?」
「本当です」
「じゃあ俺たちのパーティーに入れ。Dランクで燻ってるのはもったいない。俺はBランクのロット。一緒に活動すれば、お前もすぐBに上がれる」
俺は少し離れた位置で、この会話を聞いていた。
……ロット。Bランクか。確かに強そうだ。
リリアにとっては悪い話じゃないかもしれない。俺との活動より、ずっと効率がいい。
「お断りします」
「……即答かよ。理由くらい聞いてもいいだろ」
「ケンジと一緒に動くので」
「ケンジ?」
「私の幼馴染です。あそこにいます」
リリアが俺を指差した。
三人の視線が俺に向いた。
「……あの細っこいのか?」
「細くないです。ケンジは《加速》と《鑑定》持ちです。これからもっと強くなります」
「《鑑定》は珍しいが……《加速》なんてどこにでもある——」
「ケンジのいないパーティーには入りません」
リリアの声が、少し変わった。
表情はにこにこのままだ。
でも声の温度が、一段だけ下がった。
「……そうか」
ロットは少し目を細めて、俺を見た。
「お前が彼女の幼馴染か」
「……そうだ」
「大事にしてやれ。ああいう子は珍しい」
そう言って、ロットたちは去っていった。
俺はリリアの横に戻った。
「……断ってよかったのか」
「よかった」
「Bランクのパーティーは良い話だったぞ」
「ケンジと一緒じゃないパーティーは良い話じゃない」
「……俺といることが前提なんだな」
「当たり前」
「当たり前じゃないが——まあ、いい」
俺は歩き出した。
リリアがぴったり隣に並んだ。
(……あいつが俺の存在を否定しなかったのは、素直に助かった)
声には出さない。
でも、少しだけ胸の中が軽くなった。
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ギルドの掲示板で、今日の依頼を選んだ。
『王都近郊・廃坑内部の調査。魔物の生息確認・報告のみ。報酬:銀貨5枚』
「戦闘なし?」
「魔物がいたら報告だけしていい。戦闘不要って書いてある」
「ケンジが戦いたいなら戦ってもいい」
「俺が決める」
「うん」
受付に依頼書を持っていくと、昨日と同じお姉さんだった。
「また来ましたね。今日は調査依頼ですか」
「廃坑内部です。危険度は?」
「Dランク想定ですが——」
お姉さんが少しだけ声を落とした。
「実は昨日、Cランクのパーティーが途中で引き返してきました。中に何かいる、と言っていましたが詳細は不明です」
「……それ、依頼書に書いてないな」
「すみません、情報が入ったばかりで……受注を取り消すこともできますが」
俺はリリアを見た。
リリアはにこっと笑った。
「行く?」
「行く」
「行こう」
受付のお姉さんが微妙な顔をしたが、俺たちは依頼書を受け取った。
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廃坑は王都から徒歩一時間ほどの場所にあった。
かつて鉄鉱石を掘っていた鉱山らしい。二十年ほど前に閉山して、今は誰も使っていない。
入口は大人が屈まないと通れない高さで、中は暗かった。
「《光球》」
リリアが小さな光の球を生み出して、俺たちの頭上に浮かせた。
「……便利だな」
「ケンジが暗いと困るから」
「俺のために?」
「私は暗くても見えるけど、ケンジは見えないでしょ」
「……夜目まであるのか」
「魔力で補助してる」
「チートすぎる」
「ケンジも十分チートだよ」
「Dランクの俺がか?」
「《鑑定》持ちは百人に一人もいない。《加速》と組み合わせたら——」
「過大評価だ」
「そう?」
「そうだ」
俺は《鑑定》を発動しながら坑道を進んだ。
壁面の岩。天井の支柱。地面に転がった古い道具の残骸——
《鑑定》は生物だけじゃなく、物体にも使える。ただし詳細度が落ちる。
壁: 花崗岩。特記事項なし
天井支柱: 木材・劣化進行中。倒壊リスク:中
地面: 粘土質。足跡あり(新しい)
「足跡がある」
「うん。私も見てた」
「何の足跡かわかるか」
「……大きい。人間じゃない」
リリアが地面に屈み込んで、指で輪郭をなぞった。
四本指。爪跡が深い。
「オーガ?」
「違う。もっと細い。トロルでもない」
「何だ?」
「……わからない」
リリアが珍しく眉を寄せた。
「知らない魔物」
「知らない魔物を知らないと言えるのか」
「孤児院の本に載ってた魔物は全部覚えてる。その中にない」
孤児院の本を全部——どんだけ記憶力がいいんだ。
俺は《鑑定》を足跡に向けた。
足跡: 未知生物由来。魔力反応: 強。方向: 坑道奥部
「……奥にいる」
「どうする?」
「調査依頼だから、確認だけして戻る」
「戦わない?」
「未知の魔物に情報なしで突っ込む意味がない」
「賢い」
「当然の判断だ」
リリアがにっこりした。
なんか褒められると落ち着かない。
---
奥に進むにつれて、空気が変わった。
湿度が上がった。生臭い匂い。
そして音がした。
低い、唸り声。
俺は《鑑定》を前方に集中させた。
坑道の突き当たり。広い空間——おそらく採掘場の跡——に、影が見えた。
鑑定結果が浮かんだ。
種別: ダークウルフ(成体)
レベル: 22
スキル: 《暗視》《音感知》《毒爪》
危険度: Bランク相当
「……B相当か」
「強い?」
「俺たちには荷が重い」
「私は倒せる」
「それはそうだろうが——待て、子供がいる」
鑑定の結果に、追加情報が出た。
周辺個体: ダークウルフ(幼体)×3。状態: 衰弱
「幼体が三匹……」
俺は足を止めた。
ダークウルフの成体が、幼体を守るようにうずくまっている。
幼体は動きが鈍い。衰弱している、というのは——
「餌がないんだ」
「……」
「廃坑に迷い込んで、出られなくなったのかもしれない」
「どうする?」
俺は少し考えた。
「本来の依頼は調査・報告だけだ。これをギルドに伝えれば、あとはギルドが対処を決める」
「うん」
「戦う必要はない」
「うん」
「ただ——」
俺は鞄を漁った。
昨日の帰り道に買ったパンの残りが入っていた。それと、乾燥肉が少し。
「ケンジ?」
「待ってろ」
俺はゆっくりと、音を立てないように一歩前に出た。
《加速》を最小出力で使って、気配を殺す。
乾燥肉を地面に置いた。
成体のダークウルフがこちらを向いた。黄色い目が光る。低く唸った。
俺は動かなかった。
……しばらく、にらみ合いが続いた。
成体は唸りながら、でも飛びかかってこなかった。
俺が敵意を持っていないと判断したのかもしれないし、単に幼体を守ることを優先したのかもしれない。
やがて、成体がゆっくりと乾燥肉に鼻を近づけた。
くんくんと嗅いで——食べた。
幼体の一匹が、ふらふらと近づいてきた。
成体が低く唸って制止した。でも幼体は止まらなかった。
丸い目が俺を見上げた。
「……」
俺はもう一切れ、地面に置いた。
幼体がそれを食べた。
「……ケンジ」
リリアが後ろで小声を出した。
「なに」
「……ケンジって、そういう人なんだね」
「そういう人の意味がわからん」
「優しい」
「弱い魔物を助けることが優しいとは限らない。状況次第では危険だ」
「でも今回は助けた」
「……今回は助けた」
認めた。
幼体が尻尾を少しだけ揺らした。
---
ギルドに戻って報告した。
「ダークウルフ成体1、幼体3。廃坑奥部の採掘跡に生息確認。衰弱状態。敵意はあるが攻撃なし」
受付のお姉さんが記録を取りながら、俺を見た。
「……接触したんですか?」
「確認のために近づいた」
「Dランクで……」
「《鑑定》で先に状態を把握したから判断できた」
「はあ……」
お姉さんが微妙な顔をした。
「ダークウルフはBランク相当の魔物です。Dランクが接触するのはかなりの——」
「処置はギルドに任せる。ただ、幼体は保護の余地がある。成体が衰弱してる幼体を守ってた。魔物使いか専門家に相談する価値があると思う」
「……詳細な報告書、書いていただけますか?」
「書く」
俺はカウンターの羊皮紙に、坑道の見取り図と鑑定結果を記録した。
足跡の特徴。個体数。位置。状態。接触時の反応——
書いている間、リリアはずっと俺の隣に立っていた。
「上手い」
「字が?」
「全部。《鑑定》で調べて、状況を判断して、余計なことをしない。でも必要なことはする」
「……それの何が上手いんだ」
「私には判断が難しい」
俺は手を止めた。
「どういう意味だ」
「私は力でなんでも解決できる。でも力で解決していいかどうか、判断するのが苦手」
「……」
「ケンジがいると、正解がわかる」
「俺が正解とは限らない」
「でも私よりはずっと正確」
静かな声だった。自虐でも誇張でもなく、ただ事実として言っている感じがした。
「……お前、自分の判断が苦手だと思ってるのか」
「うん」
「なのに俺に対しては自信満々だな。追いかけてきたり、鍵を開けたり——」
「ケンジのことだから」
「……」
「ケンジのことだけは絶対に正しいってわかる。他はわからないことが多い」
俺は報告書に視線を戻した。
……前世の俺には、誰かに「あなたのことだけはわかる」と言ってくれる人間が一人もいなかった。
上司には「お前の判断は遅い」と言われた。
同僚には「空気読めないよね」と言われた。
誰にも「わかる」と言われたことがなかった。
(……ずるいな)
また思った。
声には出さない。
「報告書、できた」
「お疲れ様です」
受付のお姉さんが報告書を受け取って、少し驚いた顔をした。
「……これは、かなり詳細ですね」
「《鑑定》の結果をそのまま書いた」
「《鑑定》の精度がここまで高い方は——Dランクでは初めて見ました」
「たまたまだ」
「たまたまではないと思いますが」
お姉さんが報酬の銀貨5枚を渡しながら、続けた。
「この報告書、上に回していいですか? うちのギルドマスターが……《鑑定》系スキルを探してると聞いていて」
「ギルドマスター?」
「詳しくは言えませんが、近いうちにお声がけがあるかもしれません」
俺とリリアは目を合わせた。
「……わかった」
「ありがとうございます」
---
宿に戻る道すがら、リリアが言った。
「ギルドマスターって強い人?」
「たぶんな。AかSランクか」
「ケンジが引き抜かれる?」
「さすがにDランクを引き抜かないだろ。何か調査させたいのかもしれない」
「ケンジが遠くに行く?」
「……まだわからん」
「行くなら一緒に行く」
「話が決まってから考えろ」
「でも——」
「リリア」
俺は立ち止まった。
リリアも止まった。
「……なんで、そんなに先のことを心配する」
「ケンジが遠くに行ったら、会えなくなる。会えなくなるのは嫌だ」
「一緒に行けばいいだろ」
「え?」
「俺がどこかに行くとして、お前が一緒でおかしいことは何もない。パーティーなんだから」
「……パーティー?」
「今日から組む。正式に」
俺は歩き出した。
「ちゃんと連携できるなら、お前が隣にいる方が俺もやりやすい。《鑑定》と火力があれば、大体の依頼はこなせる」
「……ケンジ」
「なんだ」
「——」
何か言いかけて、リリアは黙った。
俺が振り返ると、リリアはいつもと違う顔をしていた。
にこにこじゃない。
目が少しだけ赤い。
「……泣くな」
「泣いてない」
「目が赤い」
「……泣いてない」
「そうか」
俺はそっぽを向いた。
少しだけ、歩くペースを落とした。
リリアが追いついてきた。
隣に並んだ。
「……ありがとう、ケンジ」
「礼を言うことでもない」
「ある」
「……まあ、好きにしろ」
しばらく、二人で黙って歩いた。
夕暮れの大通り。露店の灯りが橙色に染まり始めている。
「明日は何の依頼にする?」
リリアが聞いた。
「考えてる。Dランクじゃ物足りなくなってきた」
「昇格試験、受ける?」
「まだ早い。もう少し《鑑定》と《加速》の精度を上げてから」
「私も合わせる」
「お前はもう十分すぎるだろ」
「ケンジに合わせて力加減する練習をする」
「……それ、難しいんじゃないか」
「やってみないとわからない」
「ならやってみろ」
「うん」
---
宿に着いた。
夕食は食堂で食べた。
宿のおばさんが作った肉のシチューで、ふつうにうまかった。
「おばさん、明日もこれがいい」
リリアが笑顔でリクエストした。
おばさんは頬を赤くして「もちろんよ!」と言った。
……笑顔の凶器。
食事を終えて、俺は自室に向かった。
「おやすみ、ケンジ」
「ああ」
「今日も楽しかった」
「……そうか」
「ケンジは?」
「……」
俺は少し考えた。
「悪くなかった」
「本当に?」
「本当に」
リリアがぱあっと明るくなった。
「また明日ね」
「ああ」
扉を閉めた。
鍵をかけた。
ベッドに腰を下ろして、天井を見た。
……ダークウルフの幼体が、尻尾を揺らした場面を思い出した。
それと同じくらい、リリアが目を赤くした場面も。
(……まずいな)
俺はそっと息を吐いた。
怖いのは本当だ。ヤンデレなのも本当だ。行動がたまに一線を超えるのも本当だ。
…でも
(……一緒にいると、悪くない)
それも本当だった。
翌朝——
ノック音がした。
「ケンジ、起きてる?」
「起きた」
「開けていい?」
「待て、着替える」
「待つ」
一分後、扉を開けた。
リリアが湯気の立つカップを二つ持って立っていた。
「宿のおばさんから。朝に飲むと体が温まるって」
「……ありがとう」
カップを受け取った。
ハーブの香りがした。
「今日も一緒に行こう、ケンジ」
「ああ」
「ありがとう」
「礼を言うことじゃない」
「ある」
俺はカップを口に当てた。
(……前世には、こういうものが何もなかったな)
そんなことを思った。
声には出さない。
でも、ほんの少しだけ——
胸の奥が、昨日よりあたたかかった。
---
第4話へ続く
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ヤンデレ幼馴染に振り回されるケンジですが、なんだかんだで少しずつ絆されているような……?
個人的には、こういう普段は愛情が重すぎる子が、ふと素直な顔を見せる瞬間が好きなんですよねぇ
そして、ようやく冒険者らしい活動も始まりました!
今後も二人の冒険と、相変わらず距離感がおかしいリリアを楽しんでいただければ嬉しいです。
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