表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
デッドエンド~孤高の女賞金稼ぎは年下のシルバーランカーに甘く崩される~  作者: 雨璃
魔法使いの少年

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/23

魔法使いの少年③

 ようやく宿に落ち着いたのは、日が沈んでかなり経ってからだった。

「何で俺がこいつと同室、」

「文句があるなら出て行け」

 成り行きで、自宅をリオンに破壊された二人も一緒だ。

 港近くの安宿で二人部屋を二つとり、男女別に振り分けた。リオンとウルカはなぜか不満顔だが、私は構わなかった。別部屋が条件、という前言を撤回するつもりはないのだ。



 一階の食堂で食事をした後、なぜか女部屋に四人で顔をつきあわせることになった。

「お姉さん、オレを買わない?」

 レネーは私にティーカップを渡しながら、バカなことを言った。

「冗談を聞く暇はないぞ」

「マジでさ」

 レネーは不敵に笑った。

「けっこうお得だよ。食い扶持は自分で稼ぐし、炊事洗濯夜の相手まで何でもこなせる。自慢じゃないけど、そっちはかなりのもんだよ」

「クリスは、冗談聞く暇ない、って言ってるだろ」

 リオンが苛立たしげに口をはさむが、レネーは気にも留めていない。

「そっちの彼氏よりは、満足させられると思うよ」

「この、」

「あ、あたしを捨てるの……?」

 いきりたつリオンを遮ったウルカの声は、恐怖に震えていた。

「まさか」

 レネーは笑って手を振った。

「ウルカは、学校に入ればいい。入学金は用意してある」

「学校?」

「ランカーが入る学校。入学金だけで、後は就職まで面倒みてもらえる」

 彼はウルカの頭を撫でながら続ける。

「忙しくなるから、きっとおれとは会えなくなるよ。忙しくなくなったころに、迎えに行くから」

「迎えに……」

「自分の分、払い終わるのにあと十年ってとこかな」

「十年も?」

 少女が泣きそうな声を上げた。

「自力だとね」

 暗にこう言っている。自由の身になるのに十年以上かかる……私が買ってやらなければ。

「私が買ったところで、持ち主が変わるだけだろう」

「少なくともこの町からは出られるし、お姉さんは利子や所場代取ったりしないだろ? あれがなければ、けっこう早く返せるんだよ。本当は」

 ふと少女に目をやると、涙まじりの緑の目が、すがるような色をたたえて私を見つめている。


 湧きあがったのは、羨望だった。

 私は、ウルカのようにぎりぎりのランカーではないし、貧しかったわけでもない。不幸ではなかった。

 だが、誰も私に近づかず、声をかけようとはしなかった。私は恐れられていた。

 友達も恋人もなし。人と用件以外に口をきいたことなど、数えるほどしかない。

 強く生まれたことに不満はない。

 私は特別な存在で、ずっと一人だった。

 上位ナンバーは皆そうなのだ。


 だがウルカは違う。レネーよりもずっと強く、希少で、価値ある人間でありながら、彼に守られ、愛され、すべてを捧げられている。

 彼女は一人ではないのだ。……彼女の幸福を、他の何よりも強く願い、そのために動く者がいる。

 打算もなく、ただ彼自身の心という、もろい理由のためだけに。

 ナンバーが全てのこの世間で、レネーにとってのウルカは、『ナンバー30のウルカ』ではなく、ただのウルカなのだ。

 うらやましくてならなかった。

 心が動いたのは、だからだ。

 希望に思えたのだ。いつか自分にも、と。

 願いを、成就させてやりたくなった。


「いいだろう」

「……本気で言ってる?」

 いぶかしげなレネーに、私ははっきり頷いて見せた。

 だが、意外なところから抗議の声があがった。

「ちょっと、クリス!」

「なんだリオン」

「あんたね、俺にはさんざん甘い甘い言っといて、自分がそれってどうなんです」

「気に食わないならかまわないぞ。私はもう決めた」

 リオンに止められる筋合いはない。

 私はなるべく冷たく聞こえるように、そう言ってやった。

「反対! 反対です。こんなガキ、連れてって何の役に立つんですか。出費が増えるだけでしょう」

「食い扶持は自分で稼ぐんだろう?」

 噛み付くリオンに直接言うのではなく、私はレネーに確認した。

 少年は軽くうなずいた。

「そりゃ当然でしょ」

「だそうだ。残金一万のお前よりは安くつくと思うぞ」

 船代一万五千リルを受け取り、今日の宿代を引いた、リオンの財布の中身を暴露してやる。

 リオンはぐっと黙った。

 一万リルちょっとのために、ウルカは死ぬところだったわけだ。

「お姉さん、ほんとにいいの?」

 レネーが上目遣いにそう言った。

「ああ。だが、私は金を出すだけだ。手続きは自分でやってもらう。この町に長居はしないからそのつもりでな」

「いいよ。用意は全部できてる。明日にだって出発できるよ」



 最後の夜だから、とレネーとウルカは同室になりたがった。

 手を合わせて頼まれて、いやだとは言えなかった。

 リオンと同室になるのは少々不安だったが、船での出来事と同じ夜に、おかしなことにはなるまい。



 クリスと部屋を代わってもらったレネーは、ベッドに座るウルカに近づいた。

 ウルカが両手を差し伸べている。

「来て、レネー」

「ん、」

 レネーは誘われるまま、ベッドに乗り上げると、ウルカに覆いかぶさった。



『レネー、レネー……』

 壁の向こうから切れ切れに聞こえてくる声。

 安宿にするんじゃなかったと、私は心底悔やんでいた。

 耳をふさぎたかったが、リオンの前で狼狽を悟られるのが恥ずかしくて、できない。

 もっとも、当のリオンも落ち着かない様子だ。しきりに部屋の中をうろうろ歩き回っている。

「あ、あのクリス」

「な、何だ?」

 空気を変えようとでも考えたのだろう、妙に明るくリオンが声をかけてきた。

 だがそれも、ひときわ高い声に遮られ、徒労に終わった。


『好き、好き! レネー!!』

 沈黙。私は天井を見つめた。リオンも天井を見つめていた。


「ねえ、レネー」

 寄り添って寝そべったまま、ウルカがぼそりと呟いた。

「……あたしのこと、ずっと覚えていてくれる?」

 レネーは目を瞠った。

「何だ。迎えに行くって言ったの、信じてないの?」

「本気で、迎えに来る気あるの?」

 ウルカの不安に、レネーは苦笑した。

「迎えに来るよ」

 彼はウルカの手をとった。

「何年かして、ウルカが立派なナンバー30の美人戦士になったらさ、迎えに来る。そしたら、一生離さない」

「レネー……」

「そのときはさ、ウルカ」

 ウルカの指先に唇をあて、目を細めて笑う。

「おれの子供、産んでよね」



※※※



 レネーの仕事は早かった。

 翌朝には御頭とやらと話をつけ、私はレネーを正式に買いうけていた。


 それから、役所でウルカの入学手続きをした。

 王都にある国立のランカー向け教育校で、最終的に多数のランカーを軍組織に組み入れたいという意図をもって創設されたものだ。

 どこの国も考えることは同じだ。私の生国にもそういった教育機関はあった。

 だが結局、ランカーに組織向きの人材はあまりいないというのが定説だ。一匹狼型が多いので、賞金稼ぎか賞金首、傭兵あたりが主な進路である。


 読み書きのできないウルカの、書類を代筆したのはレネーだった。

 流暢とは言えないがしっかりした筆跡で、署名欄に『マルルールカ・ハタエ』と書かれていた。ウルカの本名なのだろう。


 輸送車両の集まるターミナルから、ウルカを見送った。

 丸く区切られた広場から四方へのびる道が、それぞれ街道につながっている。

 広場には、長い首を持つ巨大な青面竜と、それに引かれる乗り合いの大型車両・青面客車がひしめいていた。

 青面竜の陰には、火トカゲに引かれる小型車両が列をなしている。これは公共の車両ではなく、青面客車から降りる客をターゲットに、宿や港へ送迎するためのものだ。

 泣きながら手を振る少女を乗せた、王都行きの客車を、レネーは見えなくなってもずっと目で追いかけていた。


「何度も言ったがな、レネー」

「うん?」

「付いてくる必要はないんだぞ。あの子のそばにいてやってもいいんだ」

 私は朝から何度も口にした台詞を、また繰り返した。

「買ったのはただの気まぐれなんだから、付き合うことはない。金は出世払いで十分だしな」

「おれも何度も言ったでしょ。買われたからには、おれはあんたのものだ。どこまででも付いて行くよ」

「しかしな」

「旅って初めてなんだよね、おれ。ずっと町から出たいって思ってた」

 レネーは微妙な表情を浮かべた。悲しげな寂しそうな、それでいて奇妙に清々しい。

「ずっと一緒にいたらさ、きっとダメになるよ、おれもウルカも。距離はおいた方がいい」

「そうなのか」

「ちょうどよかったんだ」

 そういうものだろうか。あれほど思い合い、依存し合っているように見えるのに。

 だがこの場合、経験は圧倒的にレネーの方が上である。私はあまり深く考えないことにした。



 レネーの旅支度は簡素なものだった。

 旅向きの丈夫な胴着に、ひざより短い丈のズボン、鋲打ちの皮ブーツ、上から厚い外套を羽織る。

 外套の裏地と胴着に、短剣の仕込みがあるのがちらりと見えた。

 持ち物は、財布と細々としたものの入った背嚢が一つ。それを背負って準備は終わりだ。


 驚いたことに、背負った荷物の容量の、大半を占めていたのは二冊の本だった。

「親父の形見なんだ。これきり残らなかった」

 彼はあっさりと私にそれを見せた。古い豪奢な装丁に、金の飾り文字が押されている。

『第三の書』。『伝承歌と呪文』。

「へえ。高等魔法書だ。古本屋で高く売れる」

 のぞきこんだリオンがそう言った。

「そうなのか?」

 私は意外に思ってリオンの顔を見た。

 魔法書など、一般に出回っているものではない。よほど魔法が身近になければ、一目でそれとは知れないだろう。

 リオンが軽くうなずく。

「そうですよ。『伝承歌と呪文』は再版されたから、それほどじゃないけど。『第三の書』は規制がかかって、絶版になったんです。何十年前だったかな。大昔に」

「詳しいな」

「まあね。回収騒ぎになったって言うから、今じゃ王宮の書庫くらいにしかないんじゃないかな。競売にでも出したらかなりすると思いますよ」

 リオンはつまらなそうに言うと、本をレネーの手からとり、背嚢に戻した。

「隠しとけよ。見つかって、盗まれたらもったいない」


 私は、一連のリオンの行動に、違和感を覚えていた。

 本をとった手が、緊張にこわばっているように見えたのだ。つまらなそうな口調は、そう装っているように聞こえた。

「……?」

 違和感は一瞬だった。

 次の瞬間には、何事もなかったようにリオンは、いつもの人のいい表情を浮かべていた。


 レネーは気づかなかったらしい。

「親父、けっこう名前の売れた魔法使いだったんだって。魔法使ってるの見たことないけどね」

「お前の魔法は、これで覚えたのか」

「そうだよ。っても、おれにできるのってあれだけだけど。人に魔法かけるのはムリ」

「あれだけ? それは……」

 レネーの使った魔法らしきわざは、手が、触れられないほど熱くなる、というものだった。

 一瞬驚かせるだけならともかく、実戦の役には立つまい。

「だから、役に立たないんだってば。才能ないんだ」

 下手ななぐさめも言えないのが、私の悪いところだ。

 何かに役に立つ、くらい言ってやればいいのに、何一つ思い浮かばないのだ。

 ナンバー制が始まってから、全ての潜在能力は数値化されている。その中には魔法の力も、比重は少ないながら含まれていた。

 才能がない、と本人が言うなら本当にそうなのだろう。努力で何とかなるものではない。

 だが、レネーは気にする様子もなく、けろりとこう言ってのけた。

「だから短剣投げの練習したんじゃん。上位ナンバーには意味ないけど、要は使いようだよね」


 ランキング外とはいえ、たくましいものだ。私は妙に感心してしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ