魔法使いの少年①
日の落ちる前に、船は港にたどり着いた。
湾をまわりこんだ先に広がる港湾都市タワドは、前の町よりも活気があった。
山地をはさんだ隣町、という位置関係ではあるが、気候や商業的な位置はまるで違う。より温暖で中央に近い分、物資も豊富で、他国との交易の要でもある。
リオンの視線を感じる。
「あのー」
「何だ」
ぎろ、と擬音がつく勢いで、私はリオンをにらみつけた。
怒っているふりをする方がいい、と判断した結果だ。
本当のことを悟られたりしたら、恥ずかしくて生きていけない。
「銀行、寄って行きたいんですけど」
リオンは小声でそう言った。
あの後。私が、のしかかるリオンを肘で持ち上げ蹴り飛ばした後。
平謝りに謝られた。土下座までされた。
気の迷いだった、だの、もう二度としません、だの、一通り考えうる謝罪の言葉を全部並べ立てるリオンに、私は前述の理由で何も言わなかった。
だがきっかけが私の失態だったこともあり、結局、リオンの土下座に折れた形になった。以後の旅では宿の部屋は別にとることが条件。
気の迷い、と聞いて、少し寂しい心地がしたのは内緒だ。
大陸広域銀行は、隣接する二大陸の各国に展開する一大金融機関である。
預金、貸付、為替のやりとりと、金の扱いには便利な機関だ。
ただこの時代、庶民にはまだ敷居が高い。利用者は、商人やそれこそ賞金稼ぎなどの、大金を動かせる人種だけだ。
そうした職業でなくても、ランキング上位ならば比較的使いやすい。貸付や預金に発生する条件が、上位者ほど容易になるからだ。
ナンバー14のリオンが口座を持っていても不思議ではない。旅暮らしならば、むしろ当然と言えた。
港から町に三十分ほど入った大通り沿いにある、堅牢な石造りの建物が、大陸広域銀行タワド支所だった。
一帯は役所やターミナル、大規模な商家が立ち並ぶ町の中心街である。
その中でも、銀行は一際異彩を放つ造形だった。大きな円柱の立ち並ぶ巨大建築の周囲に、厳重すぎる警備が敷かれている。
どこの銀行もそうなのだが、上位ランカーを優先的に、時には十位内の超人まで警備に雇っていたりもするらしい。
それだけで人件費はかなりの額になるはずだが、扱うモノの性質上無理のない話だ。
「おっかしいなあ」
首をかしげながら、遅れて銀行を出てきたリオンに、私は振り返って言った。
「何がおかしいんだ。支出項目を見たら納得いっただろう」
「もっと稼いでるつもりだったんですけどねー」
リオンの口座の残高は、たった三万リルだった。
利子をつけて返す、などと余裕で言ったのはどの口だ。
「贅沢しすぎたかなあ」
「わかってるじゃないか。あと、くだらん買い物が多すぎだ。なんだあれ、『水動肩叩き椅子』」
支出の項を圧迫していたのは、一流宿の宿泊代と食事代、そして、ムダとしかいいようのない数々のとんでも商品だった。
「なんで旅暮らしなのに椅子を買うんだ。百万も出して」
「水入れるだけで、何もしなくても延々と肩叩きしてくれる椅子なんですよ」
「説明しろとは言ってない!」
「店の人の説明聞いてたら無性にほしくなっちゃって。でも、すごいと思いません? 画期的な永久機関なんだって」
「……今それはどこにあるんだ」
「三時間くらい使ったら動かなくなったんで、宿に置いてきました」
「画期的な永久機関じゃなかったのか」
「ねえ?でも返品しに行ったら、使い方が悪かったって言われたんで」
「そういうのを、だまされたと言うんだ!」
銀行前で延々と言い合う二人の姿を、通りの向かいの建物から見つめる、二つの影があった。
「どっちがどっちだと思う?」
「見たまんまだろ。上位の女と、飼われてるヒモ」
「そっかなあ?」
「あんなでっかい剣使う女なんて、ナンバー付きしかいないって。んで、上位同士がくっつくなんてありえないだろ」
それもそうか、と片方がうなずく。
「じゃあ、分担は決まりね」
「仕事にかかりましょ」
今夜の宿を探そうと、私たちは大通りから外れた。
リオンの手持ちを考えると、あまり贅沢はしていられない。
そう考えて、中心街より少し貧しい区域に入った。
夕飯時だからか、人通りが絶えている。
そこへ、軽い足音が近づいてきた。
「わっ!」
ドン、とぶつかる音がしたと思ったら、隣でリオンが少女を支えてやっていた。
短めにそろえた金髪、肌の白い、十二、三歳の少女だ。リオンが心配そうにのぞきこむ。
「大丈夫?」
「ごめんなさい、急いでて」
少女が顔を上げる。きれいな顔立ちだった。印象強い、ガラス玉のような緑の目。
彼女はぺこりと頭を下げると、足早に立ち去って行った。
なんということもない一幕かと思われた。
だが二、三歩進んだところで、不意にリオンが立ち止まった。
気づかずに行きすぎた私が振り返ると、彼は懐に手をあて顔色を変えていた。
「あのガキ……っ」
「どうしたリオン?」
「返しやがれ!俺の財布!」
うらみ骨髄の雄叫びを上げ、リオンが駆け出す。
どうやらスリにやられたらしい。
振り向いて見れば、少女は全速力で逃走していた。
リオンは脇目も振らず追いかける。が、脇道に入る前に、彼は一瞬振り返って叫んだ。
「クリス、置いてけぼりはなしですよ!そこにいて!」
そのまま、猛然とダッシュして行ってしまった。
「そこにいろ、って」
気づけば道の真ん中に、私は一人ぽつんと突っ立っていた。
「待ってろっていうのか?参ったな」
日は沈みかけている。宿を探すのが先決だ。
だが、周辺は住宅街で、宿屋は見当たらない。あるならもう少し港側か、街道寄りの辺りだろう。どちらにせよ移動しなければならない。
釘をさされてしまった以上、置いて行くのも後味が悪い。
私はあれこれ考えるのを止め、リオンを追いかけることにした。協力して捕まえて解決、が一番早いと踏んだのだ。
走り出そうとした瞬間、私の耳は後方のある音を捉えた。
ヒュ、と風を切る音。
ただの石ころやそんなものではない。経験上それがわかった。
何か鋭い形状の、ある程度の質量をそなえたものが、こちらに向かって『投擲』される音だ。反射的に身を伏せ、背中の剣を引き上げる。
カン、と金属音が響く。幅広の剣が盾となって、私には傷一つつかなかった。
目の端で、弾かれた短剣を確認しつつ、鞘ごと剣を外して、肩に担ぐ形に構える。
右後方から、下降する角度を付けて私の背を狙い、速度に減衰はなくごく近距離からの投擲。
間を置かずに、割り出した方向に向き直ったとたん、横ざまから短剣が来る。
今度は剣を振り下ろして弾いた。
射手は移動している。歩道沿いの家屋の……屋根の上。
たた、と軽い足音が耳に入った。
第三陣が飛んでくる。私は後退した。足元の路面に短剣が突き刺さる。
そして私は今度こそ、見上げた先に投擲手をとらえた。
……子供?
小柄でほっそりしたシルエットが、黄昏の空に浮き上がっていた。
見る間にも、その手の中に短剣が光る。投げるモーションはほとんど無し、手首のスナップと押し出すような動作だけで、短剣がその手から離れた。
短剣はごく細身のものだった。回転せず、刃先をまっすぐこちらに向けて飛んでくる。ということは素人ではないのだ。
ただの子供ではない。
投擲の瞬間から、向かってくる短剣を見つめながら、私は考えた。
相手は上、私は下にいる。
短剣を避け続けるのはたやすいが、この位置関係を変えなければ状況は長引くばかりだ。
私は体を横に向けて、飛んできた短剣が胸の前を通過するように避けた。
そして通過する一瞬を見はからって、それを掴みとった。
目算を誤ったか柄をつかみきれず、わずかに指が刃で傷ついた。だが今気にすることではない。
私は受けた短剣を、来た方向へ、力任せに投げつけた。
短剣は横に回転しながら屋根の上の子供に帰って行く。
『うおっ!』と驚く声が聞こえた。相手の目が私から外れる。
その隙に、私は家の間のせまい路地に滑り込んだ。
「あれ? どこ行った?」
少年が屋根の上から、身を乗り出している。
私はそれを後ろから眺めていた。
路地に身をひそめたあと、大剣を壁と地面に斜めに立てかけ、踏み台にして屋根に飛び上がったのだ。
『斬る』よりは叩きつぶす、跳ね飛ばすが身上の大剣は、ぶ厚さも強度も抜群だ。これくらいではびくともしない。
十二、三歳といったところだろう。栗色の巻き毛がふわりと風にゆれる。
私は気配を殺して近づき、少年を羽交い絞めにした。
「えっ? うわっ」
「先刻のスリの相方か?目的は私の足止めといったところか」
じたばたと暴れるが、非力なものだ。
短剣投げの腕は悪くないが、これはランキング外かもしれない。
「当たり、かもね」
揶揄するような口調でそう言うと、少年は急におとなしくなった。
怪訝にのぞきこもうとしたとき、少年は手を、後ろから首を締め付けている私の手に添えた。
「っつ、」
私は思わず少年を突き放してしまった。
信じられないことだが、彼の手が火のように熱かったのだ。
「あちち」
解放された少年も、そんなことを言って手を振っている。
少年の手には何の変哲もない。火を隠し持っているようでもない。行きつく結論は一つだ。
「お前、魔法使いか」
へへ、と少年が不敵に笑う。
「だったらどうする?」
魔法使いは珍しい。私も数人しか見たことがない。
が、呪文を唱える暇さえ与えなければ、魔法など何の意味もない。
唱えたところで、大した脅威でもないのだが。
「どうもしない」
私は少年の方に踏み出した。
少年が短剣をかまえる。柄の底をてのひらのくぼみにあて、指でつまむように支え、刃先をこちらに向ける。
投擲のための構えだ。刺突の技術は持っていないらしい。
私はかまわず前進した。この短距離で投げられても怖くはない。少年もわかっているはずだ。
だが彼は投げた。私は前進を止めないまま軽く避ける。
そのまま間合いに入り、襟首を掴もうとしたところで、少年は思わぬ身軽さを見せてその手をすり抜けた。
背後の隣家の屋根に飛び移ろうと体を沈める。
素早い。
子供というのを差し引いても、がんばっているといえるレベルだ。
だが所詮子供だった。




