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デッドエンド~孤高の女賞金稼ぎは年下のシルバーランカーに甘く崩される~  作者: 雨璃
出会い

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3/23

出会い③

「船賃のことなんですけど」

 翌朝。甲板で素振りをしていたら、リオンがやってきてこう言った。

 まじめな顔で何事かと思えば。

「心配するな。貸しにしておいてやる」

 リオンは、港で財布の中身をばらまいてしまっていた。この船旅の費用は肩代わりしてやらねばなるまい。私が鷹揚にうなずいてやると、リオンの顔が輝いた。

「まじですか? あー、助かった。あんた最高! 恩人だよ」

 そのまま勢いで私の手を握り締める。

 私は……恥ずかしながら、ぎょっとしてその手を払いのけてしまった。リオンはきょとんとしている。

「とにかく! 大げさに感謝はいらん。ちゃんと貸しは返してもらう」

「そりゃもちろん。次の港の銀行でちゃんと耳そろえて返しますって。利子つけてもいい」

「特別に無利子で貸してやる。気にするな」

 体が無意識に、リオンから一歩退いていた。この顔はなんとも心臓に悪い。

 昨日の今日で私は同行を許可したことを、後悔しかけていた。


 リオンは、分けてやった携帯食糧を頬張りながら、なぜか甲板に居座り続けた。

 海を眺めているのかと思えば、素振りをするこちらを見ていたりして、落ち着かないことこの上ない。いい加減に追い払おうと決意したところで、彼が口を開いた。

「ねえクリス。あんた、毎日素振りとかしてんですか?」

「商売だからな」

 上位ナンバーと言っても、どんな油断が死を招くかわからない世の中だ。リオンの言葉に、むしろ私は首をかしげた。

「お前はしないのか?」

「ぜーんぜん」

 のんきにひらひらと手を振ってみせるリオンに、私は肩をすくめた。


 少し波が高くなったようだ。時折、ぐらりと大きく船が揺れる。

 私の得物は、背丈よりも長い大剣だ。切れ味はよくないが、重量で相手を吹き飛ばせる。その分、振り回せば遠心力でこちらが体勢を崩す危険もある。

 膂力には多少自信があるが、さほど大柄でもない女の身だ。やはり鍛錬は欠かせない。


 剣を一旦背の留め具に収めなおす。

 直立した状態から一挙動で、留め具に連動したレバーを押し込み、そのまま柄を両手でつかみ、左肩ごしに袈裟懸けに振り下ろす。

 右の下段の位置に固定した剣を、呼吸を置かずに横なぎに引き上げ、勢い床に踏み込み、突きを入れる。

 突きを体に引き寄せざま、踏み込んだ足をひき、円弧を描くように背後まで一挙になぎ払う。

 反転した体勢を整えるところで、船が大きく揺れた。

 足指に力を入れて、右後方に引っ張ろうとする剣と自身の重みに耐える。構えは崩れていない。そのまま左足を大きく踏み込み、今度は右肩から振り下ろした。

 甲板に叩きつけないように止めなくてはならない。

 当然腕にも脚にも負荷がかかる。が、幸いと言うべきか、世界十三位の筋と間接は、常人の常識よりも柔軟で強靭にできているらしく、鍛錬によって私の体が壊れることは一度もなかった。


 一通りの型を終え、剣を背に収めたところで、パチパチと拍手があがった。

 リオンだ。

「かーっこいーい」

 彼のあけすけなほめ言葉に、顔が熱くなってきた。

 思ったことを口にしてしまう、と昨夜も言っていたが、確かにリオンはあまり言葉を選んでいない節がある。本気なのか社交辞令なのか。人付き合いの経験値が足りない私には、少々荷の重い問題だ。


 気づけば、水夫たちが慌ただしく働き始めていた。時化てきやがったと、休憩中の水夫を呼び出す怒鳴り声がする。

 さして天気は悪くないようなのに、先ほどから揺れがひどい。時折甲板が波をかぶる。

 リオンは海水を頭からかぶって、子供のように歓声を上げていたが、私はもちろんそんな気にはなれず、さっさと船室に引き上げた。


「お茶でも入れましょうか」

 ぐらぐら揺れる中で、リオンは苦もなく立っている。

「ああ、頼む」

 船室に備え付けの炉で湯を沸かすリオンの背を、私はじっと見つめた。

 短く刈った銀髪がランプの光を弾く。こういう薄い色合いは、北方の住人に多い。リオンは故国の名を言わなかったが、明るい肌の色といい、きっと北国の出身なのだろう。

 ぼうっと彼を見ているうちに、リオンがカップを二つ持って振り返った。見ていたのに気づかれなかっただろうかと、少し慌ててしまう。

 慌てるあまり、カップをうけとるべく駆け出す形で立ち上がってしまった。かかとを浮かせた前傾姿勢で。

 そのタイミングでぐらりと、床面が大きく傾いた。

 私はバランスを崩し、倒れる寸前何かを……目の前にいた男の襟首を、つかんだ。


「うわっ!」

「きゃっ」


 思わずあげてしまった悲鳴の甲高さに、自分で驚いてしまった。

 リオンも驚いているようだ。確かに悲鳴なんかあげるキャラではないが、ぽかんと口を開けたリオンに、私は少しだけ傷ついた。

 のんきにこんなことを考えたのにはわけがある。

 混乱していたのだ。

 息が触れるほど間近にある彼の顔と、ベッドに仰向きに投げ出され、彼にのしかかられている現実を、認識するのに時間がかかった。あまりに私の日常からかけはなれすぎている。

 一瞬だけ、かすめていった唇の感触が、私を恐慌状態に陥れた。

 それから、彼の手のある位置が。


「す、すいません、」

 リオンがそう言って体を起こそうとした。

 体を起こすには、支えの手が、必要だ。

 互いの体の間にはさまっていただけの手が、今度は意思を持って、ぐに、と胸を掴む結果になった。

「う、わ」

 リオンが、言葉にならぬ声をあげ、そのまま硬まる。

 さっさと放せと突き飛ばすべきだ。頭ではわかっているのに、私の恐慌は去らなかった。掴まれた瞬間、痛みと共に通りぬけた、痺れのような何かのせいだ。触れた場所がじん、と熱くなる。力が入らない。

 私はその感覚をやり過ごすべく、反射的にぎゅっと目を閉じた。

 だが、そのとたんに主張を始めた別の感触に、私は急いで目を見開いた。

「…な、な、」

 何か、ごつごつと腰に当たっているこれは……

「す、すいません」

 リオンの声がかすれる。吐息に熱がこもる。

「あんたがそんな顔するから」

 どんな顔だ、とつっこむ余裕はなかった。彼は私にのしかかったまま、片手を顔に持ってきた。片頬を包み込む手は、思ったより大きく、ごつごつと骨ばっている。耳からあごをとらえ、固定される。

「キスしたことあります?」

「な、」

「俺ないんです。女の子と付き合ったこともない。さっきのが初めて」

「ちょっと待て! 待っ、」

 最後まで言えなかった。

 唇に、渇いた生温かい感触。

 濡れた温かいものが、唇を割り開いて口腔に侵入してくる。

 それが舌を探り、からみついてきた。頭が熱い。それ以上目を開けてはいられなかった。

 どうしよう。頭の中は混乱の極みだ。初めてなのに。まだほとんど知らない相手なのに。おかしい、少しも気持ち悪くない。むしろ……なんだか……体がおかしい。触れた部分が、熱くて、力が抜けていく気がする。それも嫌な脱力ではない。溶けて広がるみたいな、甘いような、むずがゆいような。

 一度息継ぎのために唇が離れ、すぐに再び重なってくる。その間、私はただ深く呼吸するだけで何もできなかった。互いの呼吸音が、触れ合う水音が、繋がった口腔から頭の奥を満たす。

「んっ、んっ……」

 リオンの片手が私の手を握った。手のひらが合わさり、熱い指が絡んで、ベッドに押し付けられる。掴まれた胸より、そちらの仕草に鼓動が早まるのがわかった。これは、まるで……恋人同士が、するみたいな。

 どうしよう。リオンはこのまま、そのつもりで……? そして私は……


 ――一生、一人なのだろうか?


 混乱した頭に、あの日の問いが浮かぶ。

 まるで今の状況が、その答えだとでもいうみたいに。

 リオンは私を怖がらなかった。私から離れていかなかった。無理かもしれないと思ったのに、彼は追いかけてきて……謝った。

 それだけだ。それだけなのに、いま、私に触れる手が、唇が、舌先がとても熱くて……

 私はそれを、うれしいと――

 手が、指が、知らずリオンの手を握り返した。


 その時、床に落ちたカップの残骸が、船の揺れでぶつかって音を立てた。かちゃ、というその音に、目がさめた心地がした。頭の芯に、冷えた部分が戻った。理性。


 このまま彼を受け入れるには、障害が二つある。

一つは、私の性格だ。期待しているなんてこと、知られるくらいなら死んだ方がましだと思ってしまう自分自身の。

 もう一つは…たぶんこれが一番の問題なのだ。これさえなければ、リオンは一つ目をクリアできる。


 つまり、私がリオンより強いという事実。


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