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デッドエンド~孤高の女賞金稼ぎは年下のシルバーランカーに甘く崩される~  作者: 雨璃
櫛と耳飾り

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33/50

櫛と耳飾り③

 低い、優しい声が、名をささやいた。

「う……ん……」

 けだるい眠気に、目が開かない。額にあたたかく、しめった感触。

 薄く開いた瞼の合間に、リオンがいた。彼の手が私の髪を額から払う。

 私が目覚めたのに気付いたのか、彼は笑った。笑顔が近づいてきて、私は目を閉じた。

 唇がこめかみに押しあてられる。

「……くすぐったい」

 聞かせるともなくつぶやくと、くす、とリオンの笑う吐息が皮膚を撫でた。

 それがまたくすぐったくて、私は寝返りを打って彼に背を向けた。

「クリス」

 背後から肩を抱かれる。

「リオン……」

 自分でも驚くほど情けない声が出る。昨夜のことを思い出したからだ。

 細かなことはあまり覚えていない。

 ただ、何度も名前を呼ばれたことと、何度も抱きしめられたことだけは、やけにはっきり記憶に残っていた。

 それから――


『もう一回だけ』


 耳元で繰り返された声まで。

「……っ」

 思い出した途端、顔が熱くなった。私は逃れるように布団へ顔を埋めた。

 だが、リオンは簡単には逃がしてくれない。いつの間にか彼の体の下に巻き込まれ、両腕に囲い込まれ、広い胸に押し付けられて……彼以外は何も見えず、感じることもできなくなっていた。

 一緒に、と低い声が囁くだけで、心臓が早鐘を打つ。彼と、一緒に……彼の望みを、叶えたくてたまらなくなる。

 自分の体が、これほど思い通りにならないものだとは知らなかった。


 なぜ理性がこの感覚を拒みたがるのか、わかった気がする。


 この世界で強さとは、自分の体をどれだけイメージ通りに制御できるかを示していた。そのための筋力、五感、神経伝達速度だ。


 この愉悦は、いとも簡単にその制御を奪う。

 生まれながら十三番目にランク付けされ、それだけを頼りに生きてきた私には、この瞬間の自身の無力さが恐ろしいのだ。それを剥ぎ取られたら、私には何ひとつ残らない。

 社会の中に私を存在させているのは、今私を抱いている男一人だ。あるのは彼が抱くこの体と、熱く囁く名前だけ。

 ランク外の誰よりも無力な、ただの裸の女だ。

 ただ、奇妙なことにその自覚は、恐怖ばかりでなく、ある種の心地良さを伴っていた。



 とりあえず、リオンの『一回だけ』と『何もしません』はあてにならないということだけは身にしみた。


 ようやく全てが終わったあと、ぐったりと力の入らない体をされるまま洗われた。

 かしずかれるように丁寧に水気を拭き取られ、服を着させられ、半ば抱きかかえられながら浴室を出る。


 部屋には、いつの間に起きたのか、レネーの姿がなかった。


「……あいつ起きたのか」

 聞かれたかな、とリオンが首をかしげた。

 リオンがさすがに気遣わしげにこちらをうかがうのがわかったが、私は何も言わなかった。

 疲労と、焼け付くような心地の余韻に頭がぼうっとしていて、羞恥や腹立ちを覚える余裕がないのだ。小さなテーブルの前に一脚だけ置かれた椅子に座ってこめかみをおさえる。怒られないことに安心してか、リオンが椅子の背後に回った。


「?」

 軽く髪を引っ張られる。反射的に振り返ると、リオンはブラシを手ににこにこと笑っていた。

「……何してる」

「見りゃわかるでしょ?」

 確かに、一目瞭然だった。……髪をとかしているのだ。

 何でまた、とは思ったが、バカな返事が返ってくる気がして口にするのはやめた。

 止めろと言われなかったからか、リオンはやたらと上機嫌に仕事を再開した。鼻歌まじりに丁寧にくしけずる。

 先刻、髪を洗うときや拭くときも、そういえば妙に楽しそうだった。

 自身の髪が色のない、金属質の光沢を帯びた銀色だから、黒髪が珍しく見えるのかもしれない。

 彼の髪に触れてみたい衝動は私にもあった。その逆だと思えばおかしくはない。と、実際にリオンがどういうつもりかは知らないまま、私はそう納得した。


 好きにさせているうちに、レネーが戻ってきた。

 三人前の軽食の乗ったトレイを抱えている。階下の食堂から持って上がってきたらしい。

 私たちを見て、彼は一瞬あきれたように眉をひそめた。

 なぜそんな表情をされるのかわからず、リオンと顔を見合わせる。しかしレネーは何も言わずにトレイを私の前の小テーブルに置いた。


「どうせ、夕食食ってないんでしょ」

 何もかもわかっている顔で、レネーはそう言った。

「チェックアウトまで時間ないからさ。さっさと食って、出る準備しなよ」


 言われてみると、もう日が高い。

 町に旅行者がごった返す、季節外れの稼ぎ時に、宿の者も少々ぴりぴりしていた。時間通りに部屋を空けてやらなければならない。

 レネーがどこまでわかっているのか、ものすごく気になった。何しろいつ帰って来たかもさだかではないのだ。

 知らないふりをしてくれているのが、せめてもの救いだった。からかわれてはたまらない。


 精算して宿を出ると、空は快晴だった。

 カンカン照りの太陽が寝不足の目にまぶしすぎて、少しめまいがした。


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