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デッドエンド~孤高の女賞金稼ぎは年下のシルバーランカーに甘く崩される~  作者: 雨璃
神隠しの沼

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24/36

神隠しの沼②

 ノックの音に、レネーが席を立つ。応対の様子からすると、宿のスタッフではないようだった。

 レネーは戻ってくると、私に言った。


「クリスにお客さん」

「客?」

 レネーの後ろから入室してきたのは、黒い詰め襟の、仕立ての良い服を着た男だった。

 見覚えはない。が、黒い制服と印章にはなじみがあった。

「初めてお目にかかります。クリス・プラス様」

 男は深くお辞儀をすると、すぐに名を名乗った。

「大陸広域銀行カナン市総合支所の支所長を務めております。業務の遅延により大変なご迷惑をおかけして申し訳ございません。この宿では、不自由なことはございませんか?」

「いえ、何も。こちらこそ、深い気遣いに感謝しています。それで、ご用件は」

「大陸広域銀行から、非公式に仕事を依頼したく、参上いたしました」

 彼は深々と頭を下げた。

 来たか、と私は内心頷いた。

 大陸広域銀行はれっきとした営利企業だ。これほどの好待遇がタダということはない。

 私は、男に席を勧めた。レネーがカップをもう一つ用意しに走る。

「仕事と言うが、私の身許はまだ確認できていないのでしょう。そんな人間を使っていいのですか?」

 支所長は、とんでもない、とばかり、慌てて顔の前で手を振った。

「クリス・プラス様の身許につきましては、賞金稼ぎ組合に問い合わせましたところ登録者検索に履歴があったとの返答を得まして、ほぼ証明されております。

 ただ当行の規則で厳密に照合しなければならず、この様なご迷惑をおかけしております次第です」

 心底申し訳なさそうに、饒舌な謝罪が繰り返される。

「実は、依頼もその件と関わっているのです」

 彼はそう言って、今回のトラブルについて語り始めた。


 内容は予想した通り。

 通信機構に問題が生じているのだと彼は言った。


 大深度集合樹を用いた通信に距離は関係ない。

 ただ、銀行ほど大規模になると、情報を直接本部に送信するのではなく、検索時間短縮のため、周辺の数ヶ所からの照会をまとめて、簡易審査や記号化処理を行う中継点を置くのだと言う。

 中継所は銀行業務を行っておらず、また位置を選ぶ必要があって人里離れた場所にぽつりと建造される場合が多い。そのため、存在自体あまり知られていない。

 異常の発生源はその中継施設だというのが、彼らの推測だ。


 中継点の位置は、地質や地形、他にも様々な自然要因によって決まる。

 賞金稼ぎの組合や国や街の運営する通信事業においても、基本的な機構が同じであるため、その場所も共有する必要がある。

 中継施設の建設や運営主は地方によって変わるが、このカナン市では銀行がその役を担っていた。

 そのため、今回の問題に際して、最初に調査員を送ったのは銀行だった。


 装置に故障が生じたか、天災もしくは人災による破壊、妨害が行われたか。

 施設に常駐している行員との連絡が絶えたことから、彼らは後者と判断したらしい。


 調査員は帰って来なかった。

 施設はカナン市郊外にあり、鳥や早足の竜を使えば連絡には一日とかからない。にも関わらず、報告の一つもない。

 その足取りは、前日に宿泊した村を出た時点で完全に途絶えていた。


「調査員の編成は?」

「専門技師を三名に、ナンバー19、ナンバー25、公認魔法使いを一名ずつの計六名でした」

 私は小さく頷いた。

 支所長はおそらく、山賊の類か敵対企業による不法占拠を想定している。ランカーを二人、一方はシルバークラスの下位というのは通常ならば妥当な編成だ。

 支所にも警備は残さなければならないことを考えれば、失って痛くないぎりぎりの線なのだろう。

 それが帰って来ないとなれば、次に打つ手も自ずと決まる。


「依頼の内容は、当銀行から郊外へ派遣した調査員の探索、および何らかの危機状況に陥っている場合は、その救助です」


 そう言って、彼の提示した報酬は、一般的な探索・救助作戦の相場よりもかなりの高額だった。今までの宿泊代も含めれば、銀行の出費は相当なものだ。しかも経費は別だと言う。

 通信機構の異常は確かに銀行にとっては死活問題だろう。

 支所長はそこまでは語らなかったが、市や組合から高い施設使用料を取っているはずだ。いつまでも使用不可では収まるまい。


 とはいえ、少々不審に思ったのも確かだった。

 ナンバー13に出し惜しみする依頼者もそうはいないが、何か裏があるのかもしれない。

 支所長の語るほど、楽な仕事ではないということだ。


 そうだとしても、と私は思った。悪い話ではない。

 支所長はそこで、リオンに向き直った。

「可能でしたらぜひお連れ様、リオン・シェレツキ様にも、ご助力を賜りたく……」

 退屈そうに話を聞いていたリオンは、突然振られて驚いたようだった。

「俺? 俺の身許は証明されてないんでしょ?」

「クリス・プラス様の保証をいただければ充分です。もちろん、プラス様とは別に報酬もご用意いたします」



 明朝までに返答を約束し、支所長を帰らせると、レネーがわくわくと身を乗り出した。

「で、どうすんの?」

「条件は悪くない。待遇が良すぎたのも、こういうときのためだったんだろう」

 犯罪者でない身許の確かな上位ナンバーなど、その辺を歩いているものではない。

 ひとたび接触を持てば、何かに利用するべく恩を売ろうとする者は珍しくなかった。

「体がなまってるからな。山賊退治くらいしてやってもいい」

 食っちゃ寝の生活はどうも性に合わない。

 万が一手に負えなければ、逃げ帰ればいいのだ。無理をする必要はない。支所長もそこまでは期待していないだろう。

 私はリオンを振り返った。

「リオンはどうする?」

「んー……」

 退屈していたようだから、二つ返事で引き受けるかと思っていたが、リオンは意外にもあまり乗り気でない様子だった。

「じゃあ、お前達はここで留守番しているか? 別にそれでも……」

「クリスが行くんなら、おれもついてくよ」

 レネーが慌てて手を挙げた。

「何日もかからない仕事だ。無理についてくることはない」

「おれはあんたの召使いなんだから、留守番しろなんて言わないで」

 彼の必死な様子に、私は苦笑した。リオンと留守番がよほど嫌なのだろう。

「まあ、ついて来てくれるのはありがたい。ということだからリオン、しばらく一人で留守番できるか」

「子供じゃないんだから」

 リオンは肩をすくめた。

 乗り気でない様子は変わらないのだが、彼は少し考えたのちにこう言った。

「俺も行きます。クリス一人じゃ心配だ」

「おれも行くんだってば」

「お前がついてる方が心配だっての」

 彼はあきれたように、レネーの頭を拳でこづいた。


※※※


 カナンの郊外には、大陸一の面積を持つ森林地帯が広がっている。

 いくつかの山地を有し、小国が収まるほどの広大な森だ。隣国との国境線もその森の途中に引かれている。

 調査員が派遣されたのは、カナン領内ぎりぎりにある山地の一つだった。


 大森林は一見人を拒む未踏の地に見えるが、地図にしてみると縦横に道が引かれ、道沿いに村や宿場町も置かれている。

 調査員が宿泊したという村の宿屋に、私たちもチェックインした。



 盗賊や賞金首の類が、大森林に逃げ込むことはよくあるという噂だった。

 掠奪によって壊滅に追い込まれた集落も、歴史的には少なくない。

 だが、最近はあまり派手な活動は見られないという。数十年前のカナン市独立後に布かれた厳しい保安体制が、機能しているのだ。

 つまり探索の対象は、付近の住民にも知られずうまく隠れている上、ナンバー19と25の二名をしのぐ手練れであるということになる。


 明朝、施設に行ってみようということだけ決めると、リオンは早々に私の部屋から退室した。

 例のマッサージの件以来、レネーと私を密室に二人きりにしないように気を配っていたリオンだ。珍しいこともあるものだと、私はレネーと顔を見合わせた。

 まあいいかげん取り越し苦労というか、おそらくリオンも頭では、そんな必要はもうないとわかっているのだろう。

 単に習慣化していて、やめる理由もとくにないので続いていただけのことだ。



 夕食どきに帰ったリオンは、なにやらどっさりと買い込んできていた。

「何これ。石灰と薬と、これ何?何かの顔料?」

 レネーは木樽に詰め込まれた荷をのぞきこんだ。

「何に使うんだ」

 当たり前のように、彼は領収証書を私に渡してきた。

 経費で落とすつもりか、と受け取りながら訊ねると、

「備えあれば患いなしって言うでしょ。ちょっと向こうの部屋使うんで、しばらく入って来ないでください」

 リオンははっきり答えずにそう言った。

 結構な重量の樽を軽々と抱えて、部屋を移動しようとする。

「何するんだ。これ……混ぜるのか?」

 まさか、と思いつつ訊いてみると、リオンは軽く頷いた。

「配合、うろ覚えであんまり自信ないけど。とにかく、危ないから、いいって言うまで入らないで」

「危ないって、毒でもあるの?」

「そんなとこだ。正しく混ぜれば無害だけど」

「正しく混ぜると、何になるんだ」

 私は領収証書の記述を眺めながら訊ねた。村の雑貨屋や薬局などから買い集めたらしい品々は、どう見ても脈絡がない。

 リオンは今度はあっさりと答えた。

「秘伝の殺虫剤です。即効性のあるやつ。親父もよく畑にまいてた」

「殺虫剤?」

 私とレネーは思わず顔を見合わせた。

「何のためにそんなもの」

「何のためって、さっき言ったでしょ」

「備えあれば……って?でも、殺虫剤が役に立つか?虫に襲われたわけじゃあるまいし」

「いいじゃないですか。役に立たなければそれに越したことない」

 リオンはそう言って笑った。


 夜半、宿の従業員から隣室、つまりリオンたちの部屋を発生源とする異臭と煙について苦情があった。

 リオンは扉越しに、「もうすぐ終わります」などと言ってごまかしたが、実際にそれが止むまでには数時間かかった。




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