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デッドエンド~孤高の女賞金稼ぎは年下のシルバーランカーに甘く崩される~  作者: 雨璃
天女と竜の里

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14/21

天女と竜の里③

 ガッ、と真正面から刃が噛み合った。ぎりぎりと圧し合う。

 一瞬、撃ち合いが止まった。

 相手の攻めに対応していくだけの、余裕のない攻防に、好転の兆しがうっすらと浮かんだ。


 集中しろ!

 意識的に私は、感覚を研ぎ澄ませた。


 す、と血が下がるような心地。

 キィンと耳鳴りがする。支配するのは静寂だ。

 私の耳が常に広範囲で捉え続けている音が、一切聞こえなくなる。いや。

 聴覚が、視覚や触覚に切り替わる、とでも言うべきか。

 敵の筋肉のきしみが、血の流れる音が、砂の一粒子の挙動にいたるまで、はっきりと認識できるのだ。

 その中でひときわ、自らの心臓が、どくりと脈を打つ様が、手にとるようにわかった。


 そうして、何もかもが遠くで起きているような境地に至る。

 全身の粘膜が剥き出しになっているみたいに、感覚器の全てが敏感に、空気の振動を拾い出す。

 音が他の感覚に影響し、見えずとも聞こえる物事が、目に映ってくる錯覚が起きる。


 切っ先が裂く空気の音、撃ち合う金属音、心臓の音、血の流れる音。

 剣と私は音の世界に在って、分かち難く一つだった。


 高揚……というには静かすぎる、だが明らかな、闘いの狂乱。


 この感覚が好きだった。

 久しく味わっていない。

 目の前の敵に、感謝すべきだろう。自分と互角かそれ以上の相手との、瞬間が生死を分ける闘争、これに勝る愉悦はない。

 快楽、と呼ぶのが正しいのかもしれない。

 一度覚えたら止められない。



 めまぐるしく繰り出される一連の攻撃を全ていなす。

 最後の一撃を受けようとしたとき、女の姿が眼前から不意に掻き消えた。

 本来ならば見えなかっただろうが、今の私には、目に頼ることなく全てがわかる。女は高速で横にステップし、体ごと死角に回りこんだのだ。


 ガキッ。

 ほぼ真横から放たれた突きを、私は前を向いたまま、剣を逆手に弾いた。


 女が兜の下で息を呑んだのがわかる。

 完全な死角だった。私が目で追えていないのも、計算にいれていたのだろう。

 ほんのわずか、刹那の間、隙ができた。

 私は弾いた槍が復帰する前に、女の胴体を横薙ぎに払おうとした。

 視線を動かす間すら惜しんでの攻撃は、女の虚を突くことができた。決して後退しなかった女が、地を蹴って後ろに跳ぶ。

 追い討ちをかけるべく踏み込む。

 武器と私自身の重量、さらに踏み込みの加速の全てを込めた、上段からの渾身の振り下ろしを見舞った。


 女は槍柄を跳ね上げて受けた。ガン!と鈍い音が響く。

 重い手ごたえが、全身を通り抜けた。

 女は、わずかに膝を屈しながら堪えている。

 面頬の奥で、す、と深く息を吸い込むのがわかった。

 女に押しのけられる前に、私は剣を退き次の攻撃に移った。集中しても力ではかなわない。

 組み合っていても圧し負けるのがわかっていた。


 実力の差はいかんともし難いものだ。

 本気を出そうが集中しようが、ランキングは覆せない。

 だが、この状態になると、そんなことはどうでもよくなる。勝敗も生死も、問題ではなくなる。

 周囲の全てが認識できるのに、思考の視野は逆に狭くなる。

 この上なく冷静なのだが、考えることは一つだ。

 相手に剣を叩き込む。

 殺そうというのではなく、ただそれを成し遂げる一念で攻防を組み立てる。


 その後の何合かは、私が攻勢だった。

 だが、必殺の突きを、わずかに体をずらしただけでかわされたときに構図は逆転した。

 女は槍を背に回すと、柄頭を片手で握り、その片腕をのばしきった……すなわち最長の射程で、突いた剣の下を通して薙ぎ払ってきたのだ。

 例によって、死角から刃が迫っていることに気づくことはできた。

 だが速すぎた。気づいていても、対応できる速さには限界がある。私は苦し紛れに後退しながら背を大きく反らした。

 喉もとすれすれの空間を斧が切り裂いて行く。


 剣とは違う。槍先についた重い斧のために振り子状態の上、槍柄も金属製だ。

 片腕で扱える代物ではない。

 だが女の腕は関節が外れもせず、振り子に振り回されもせず、すぐに私を追ってきた。


 女は強かった。力もスピードも、わずかながら私を上回っていて、思い通りにはいかない。

 しかし思惑を外されるたび、歓喜は大きくなっていった。

 こうでなければ。

 思い通りに運ぶ闘いなど、何の意味もない。


 崖際で、私は後退する足を止めた。

 波状に尖った槍先が突き出される。

 私は膝を沈め、下段に剣をかまえた。

「……ふっ!」

 呼吸とともに、急に真上に跳ね上げる。突きを弾かれるのを警戒したのか、女は無理やり軌道を換え、真下に振り下ろした。

 シィィンッ……

 金属のかする音が長く響いた。パチ、と火花が明滅し、振動が双方の武器から腕を伝った。女の足が一歩退く。

 その隙に、私は崖側から岩肌側にダイブした。女が追ってくる。

 低い姿勢のまま、上段からのカチ割りを私は頭上で受けた。

「っ、」

 地に膝をついてしまった。歯を食いしばってその体勢に耐える。

 ギリギリと圧され、私自身の剣の刃が眼前に迫る。


 その瞬間。

「クリス!」

 レネーの短剣がこちらに飛ばされた。


 音でそう判断しただけで、私の目には映らなかった。が、女は気づいた。

 不意に力が抜ける。斧の刃を盾にしようと、身体に引き寄せたのだ。


 隙ができた。

 膝をついた体勢のまま、私は女の脚を狙って剣を横薙ぎに振るった。


 結論から言って、二方向からの攻撃に、女はただ斧を身体の脇で回転させただけだった……ギュルル、と空気を巻き込む速度で。


 まず、キン、と短剣が弾かれた。

 同時に、ひざ下を払い斬ろうとした私の剣が、逆方向へ回転する柄にがちりと受け止められる。柄は私の剣を巻き込んで、水平な軌道を変え、斜め上に弾き飛ばした。

 そのまま降りてきた斧が回転の方向をわずかに変え、勢いよく下から振り上げられた。

「くっ」

 刃先を弾かれた剣を、引き戻す余裕はなかった。私は剣を手放し、低い姿勢のまま背後に思い切り跳んだ。

 間一髪だった。パラ、と胴着の袷の紐が、盛り上がった胸の部分だけ切れて落ちた。

 仰向けに無様にスライディングする前に、手を付いて横向きに体をひねり、何とか足で着地する。


 女はなぜか追って来なかった。

 ただ静かに、見据える視線を感じた。小細工は通用しない。


 ナンバー12か、11か。

 心のどこかが、11であることを期待している。

 だが、そうでないことを祈らざるを得ない。

 ナンバー12と13の間と11と12の間では、数値の差が大幅に違う。

 ナンバー11は、文字通りナンバー10予備軍だ。世界に名だたる十名に、ぎりぎりで入れなかったというだけの、超人である。

 正直、私の戦える相手ではない。

 だが、女は私を押してはいたが、圧倒してはいなかった。押されながらも、せめぎ合うことがかろうじてできている。

 ナンバー11ならばこうはいかない。


 間合いを保ったまま、私はちらりとリオンの方を見遣った。

 リオンは剣を持った女とやり合っていた。

 鉄刀で弾いては懐に飛び込み、拳と蹴りを浴びせている。

 甲冑に阻まれクリーンヒットは出ない。女の方も器用にかわし、受け流している。

 リオン相手に善戦しているのだから、それなりのナンバーを持っているのだろう。

 だが目の前の女ほどではなかった。リオンよりも下だ。


 私は目の前の女に意識を戻した。

 どう転んでも、私一人ではこの女には勝てない。嘯くつもりもない。

 だが、リオンと協力すれば何とかなる可能性があった。

 何とかして、リオンと私の二人対目の前の女一人の図式に持ち込めれば……


 そう考えたと同時に、女が突進してきた。反射的に剣を身体の前に構える。

 だが女は、私の眼前まで来てトン、と上に跳んだ。


「なっ、」

 私は目を瞠った。

 重い甲冑を纏い、バルディッシュを手にしている。

 にも関わらず女は、軽く私の頭上を越えて行った。

 信じられない跳躍力だ。私では、同じ条件でこの高さは無理だろう。

 驚愕に気をとられた一瞬に、女は数メートルも離れた地点に着地し、身軽く駆け出した。


 闘争の恍惚から、一瞬のうちに覚めた。


 しまった。

 私は女を追った。

 同じことを考えたのだろう。私を相手に時間をつぶすのは、目的がある以上得策ではない。


 目的。そう、女たちが、宿の女主人の言う『天女』であることに私は気づいていた。

 飛竜に乗って現れ、男をさらう。

 追尾できないのも納得できる。

「リオン!」

 女は速かった。リオンに注意を喚起するが、彼は先刻の私同様、目の前の攻防に夢中になっている。私の声への反応が遅れた。

 リオンが背後から近づく女に気づいたのは、延髄に手刀を打ち込まれた時のことだった。



 リオンの身体ががくりと、闘っていた女の腕に崩れ落ちた。

 恋人の抱擁のようだ。

 そう思った瞬間、頭に血が上った。私は脇に剣を構えて走った。

 だが地を蹴った瞬間、バサ、という音とともに突風が背後から叩きつけられた。

 倒されはしなかったが、足を踏ん張り立ち止まってしまう。

 背後の羽指竜が翼を広げて羽ばたいたのだ。


 砂埃が舞い上がり、おぼろになった視界の中で、剣を持った女がリオンを脇に抱えて、もう一頭の竜の頭に飛び乗ったのが見えた。

 バルディッシュの女が、風に足をとられたレネーをやすやすと捕らえる。

 そして同じ竜に乗り込んだ。


「待っ……!」

 待てと言われて待つやつはいない。

 二人の女とリオンたちを乗せた竜は、地を蹴って崖に飛び出した。

 少し落下してから空中で身体を反らし、バサリ、と巨大な両翼が開く。


 ふと、竜の背に立つバルディッシュの女が、顔をこちらに向けた。

 面頬の奥で、黒ぐろとした目が私を見留めたのがわかった。

 冷たい目だと思った。敗者への憐れみの色が見えた。

 思い込みではない。女は、中断した闘争に未練一つ残さず、私から視線を外した。

 それを見て私は。


 私は、明らかに冷静さを欠いていた。

 でなければこんな無茶はしない。闘うことも命のやり取りも決して嫌いではないが、無駄に命を投げ出す趣味はなかった。

 敗北の二文字と、二人をまんまとさらわれた無力に、逆上したのだ。

 私は助走をつけて、崖から跳んだ。


 竜が、もしもう少し速く推進を始めていたら、そのまま落下してジ・エンドだっただろう。

 だが運はまだあった。

 私は竜の短い後肢に、取り付くことができた。



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