天女と竜の里①
「神隠し?」
「見目のよい男はみな、連れて行かれました。戻ってきたものはいません」
王国ハンゼの北の外れ、切り立つ岩山に囲まれた小さな村。
宿の女主人はそう言って嘆いた。
一月半ほどかけて、大陸を陸伝いに渡った。
リオンたちと出会った国から、さらに二つ国を過ぎると、東西の大陸をつなぐ中央大交差帯と呼ばれる地帯に出る。
東のカレンチア大陸から西のトルプテン大陸に向かって広がっている、海抜の低い陸地だ。
地帯、などと呼ばれていても、大陸をつなぐような位置関係にあるというだけで、距離も幅も広大だ。
その上には、山も平野も湖も、さまざまな地形があり、さらにいくつかの小国がある。
徒歩と、時おり騎竜や客車も利用して、ほぼ何事もなくトルプテン大陸にたどり着いた。
ハンゼは私たちがたどった経路での、トルプテン大陸最初の国だ。
岩山と荒野に囲まれた、土地の貧しい小国だが、大陸の出入り口として交易や観光で国庫は潤っている。農業従事者は数パーセントにも満たないながら、住民たちは豊かな生活を送っていた。
私たちは、ハンゼを北にぬける進路を取って、この村に宿をとった。
そこで、世間話に妙なことを聞かされたのだ。
「まあ、神隠しなんて言われてますけどね、誘拐ですよ。つまりは」
「誘拐とは物騒だな」
ハンゼ特有のスパイスの効いたお茶を飲みながら、私は相槌を打った。
「それってさ、犯人はわかってるってこと?」
レネーが口をはさむ。女主人は頷いた。
「そういうこと。岩山に住むという女たちでしてね」
「住むという、って?」
まるで昔話のような形容に、レネーが首をかしげた。
「どの岩山に住んでいるんだか、だれにもわからないんですよ。戻ってきたものはいないし、白昼堂々さらわれたって、追いかけることもできやしない」
ふう、と女主人はため息をついた。
「追いかけることができない?」
なぜ、と質そうとする私を遮って、彼女は話を続けた。
「天女の末裔だって噂ですよ。二十年に一度、若さを保つ儀式をするのに、生け贄の男をさらいに来るんだとか。老人の言うことですから、信用なんかできませんけどね」
ハンゼには天女伝説がある。
話の筋はどこの地方にもある異種婚姻譚と似たりよったりだが、天女の設定が少々特殊だ。
彼女たちは天頂と地上をつなぐ峰の、雲より上に住み、常に下界を見張っている。
そして時に天翔ける竜神を従え、金剛の槍をかざして降臨する。
天女の名に似合わない、闘争の象徴なのだ。
頭頂が霞がかって、しかも切り立って登ることのできない岩山の林立する地方だからこそ、生まれた伝承だろう。
ただのおとぎ話だ。
だが、そう言うと、女主人はとんでもないと手を振った。
「そりゃあ、絵本に出てくるような話は、ただのお話ですよ。でも、このあたりじゃあ、本当に出るんです」
先ほどの話の『信用できない』とは、その目的の部分のことだ、と彼女は告げた。
二十年前後のスパンで、男の誘拐失踪事件が多発するのは、記録上事実だと言うのだ。
前回の誘拐が二十五年前。
また頻繁に起こるようになったのは、この数年のことだと言う。
だが、前回までは、旅人も含めて数人の、両手指で足りる程度の男がさらわれたのみだった。
ところが今回は、わかっているだけでもう十数人は消えている。
「女たち、と言うが、見たものがいるのか?」
「もちろん。いつも岩場で隊商を襲うんだけど、顔の悪いのは残されるから、見てはいるんです。ただね」
しゃべりっぱなしで喉が渇いたのか、彼女はぐい、と自分用に注いだお茶を飲み干した。
「顔は兜で隠してるんですよ。女なのは確からしいんですけどねえ。どんな色狂いの女たちだか、全く、顔を見てやりたいもんですよ」
女主人の形容に、レネーが笑った。
「そりゃあ、おれも見てみたいや」
「坊やもずいぶんいい顔立ちだから、気をつけなさいよ。あいつら、いい男と見たら子供だって容赦しないんだから」
彼女はレネーの冗談には取り合わず、心配そうにこう忠告してくれた。
「それより一番危ないのは、あんたたちのもう一人のお連れだと思うね。気をつけておやりなさいよ」
「は、」
レネーは、おかしな声を発した。
見れば、死ぬほどおかしな冗談を聞かされたような顔をしている。眉が下がり、唇がゆがむ。
ヒィ、と苦しそうに息を吸い込んだ。
気持ちはわからないでもないが、私はリオンを少し気の毒に思った。
「誰の心配しても、リオンの心配だけはしなくていいよね」
レネーは、私に同意を求めてきた。
「誘拐されるリオンとか、間抜けすぎてちょっと見てみたいくらい……って、痛って!」
頭からカチッ、と音を立てて、レネーがテーブルに突っ伏した。
床に小さな石ころが落ちる。
飛んできた方向を振り返ると、宿の入り口にリオンが立っていた。石を投げた姿勢のまま。
「黙って聞いてりゃ調子に乗りやがって」
「口で言ってよ!石とか、普通に死ぬし!」
レネーは速やかに復活して抗議の声を上げた。
「死ぬかよ。手加減して投げてんのに」
「手加減してたら石は投げないんだよ!すぐ手ぇ出すのやめろってば!」
「手は出してない」
「暴力行為に走るなって意味だよ、馬鹿じゃないの?」
レネーがフン、と鼻で笑うと、リオンは掴みかかる勢いで彼に向かった。
「何だと。馬鹿って言った方が馬鹿、」
「いい加減にしろお前たち」
私はパンパンと手を叩いて二人の注意を引いた。
ほとんど子供のケンカだ。しかもごく低年齢の。レネーはまだしも、十七歳のリオンがするには恥ずかしい。
二人とも、私が間に入るとすぐに、我に返ったようだった。
仲は悪くない……はずだ。子犬がじゃれているようなものだ。
この一月半、ずっとこんな調子だった。鉄拳制裁も幾度か経て、私はそろそろ、幼い兄弟の仲裁をする母親のような気分になってきていた。
結婚どころかまだ恋愛もしたことないのに、理不尽だと思う。
リオンは、口ゲンカのことなど瞬きの間に忘れ、けろりとした顔で私に向き直った
「火トカゲ、手に入れてきましたよ」
この村を最後に、ハンゼで物資補給の望める人里は終わる。
あとは隣国に入るまで、自給自足の貧しい集落が点在するのみだ。自然、装備も多くなる。
三人で運ぶには荷が大きくなりすぎたので、火トカゲを一匹買うことにしたのだ。
買い付けにリオンが行っていたのには事情がある。
本来なら雑用のレネーがやるべきなのだろうが、彼はどれだけ口が達者でも子供だ。
その点リオンは、見た目で甘く見られることはあっても、それを覆す腕力がある。大きな買い物にはもってこいなのだ。
荷物を火トカゲに装着して出発の準備が完了した。
宿代を清算する際、女主人が眉をひそめて、くれぐれも気をつけるようにと言った。
「けっこうな上位ナンバーらしいのもいるって噂ですよ」
私は背に担いだ剣を示して、応えた。
「心配はいらない。これでも、三人とも腕には覚えがあるからな」
ナンバー13と14がいて、今回はケガもなく、装備は万全。
何事も起こりようがない。
私たちは三人とも、そう高をくくっていた。




