第九十六話:スターゲイザー
「これはこれは……」
伊吹さんが、まいったねといった感じで苦笑している。
『虹色の宝箱』から出てきた、棒状の物体。
伊吹さんが『鑑定』しているのを、僕とグリーマルが固唾をのんで見守っていた。
月城さんと如月さんはまだ帰っていない。
……なんでまだグリーマルがいるのかはわからない。そもそも普段この人はどこで生活してるんだろう。
それはそうと、僕にはこれがなんなのかさっぱりわからないので……説明をお願いしたいところだ。
「とりあえず、外に出ようか」
「え? はい」
伊吹さんに促されるままに、僕の部屋から屋敷の庭へ、ぞろぞろと向かう。
なんだろう。危険なものだったら嫌だなぁ。
月城邸の庭は実に見事なもので、なんというか、ファンタジー作品なんかに出てくる貴族の家の庭みたいだ。
中央には大きな噴水があり、その周囲を囲むように色とりどりの花が咲いている。
綺麗に刈り揃えられた生垣や庭木には乱れひとつなく、石畳にも落ち葉ひとつ見当たらない。
ただ、ちょっとだけ異様なのはゴーレムくんの存在だ。
3メートルぐらいの暗赤色の巨体が、噴水の前に鎮座している。
なんだかなぁ。
――結局ゴーレムくんは、月城邸の警備に役立てることになった。
ゴーレムくんは思っていた以上に知性が高く、ビームまで撃てる。
睡眠も休息も不要で、警備員としてこれ以上ない逸材だろう。
「剣だね。『スターゲイザー』だってさ」
「剣? これがですか?」
「『所有者の能力に応じた光の刃を作り出す。意思を持ち、所有者の呼び声に応える。破壊不能』らしいよ」
「光の刃……ビームサーベルみたいな?」
「それは見てみないとわからないね。とりあえず、はい、これ。まだ使わないでね」
そう言って、棒状の『剣』とやらを手渡される。
長さは20センチほど。
黒を基調とした金属製の柄には、赤い宝石のようなものが埋め込まれている。
握る部分には細かな装飾が施されていて、片側には小さな突起が左右に伸びていた。
剣だと言われてみれば、確かに柄かなにかのようにも見える。
でも、肝心の刃がないから、とてもじゃないけど武器には見えない。
「それじゃ今回も……ミグ・エルラ……」
伊吹さんが専有魔法を唱えると、『スターゲイザー』が白く光り、その光が――はじけて消えた。
「あれ? この間と違いません?」
「そうだね、効果がないみたいだ」
「……そんなことあるんですか?」
「滅多にないけど……なくはないよ」
「はあ……なるほど?」
なんだろう、そんなに特別な物だったりするんだろうか?
『虹色の宝箱』については意味不明なことばかりだから、それが普通なのかそうじゃないのかも僕にはわからない。
「うん、それじゃ握って。そうだな……意識をそれに集中してみてほしいんだけど、なにが出るかわからないから……上に向けてからにしてね」
「上、ですか……」
これ、どっちを上に向ければいいんだ?
剣だとしたら、この横に出っ張ってるのはいわゆる鍔とか、ガードの部分だろうか?
なら、こっちが先ってことになるから……こうすれば上に向けたことになる……のかな。
「これでいいですか?」
「そうだね。多分、大丈夫だと思うよ」
多分じゃ困るんだけどな。
まあいいや、なるようになれだ。
そう思って、『剣』に意識を集中する。
すると、なんとなく――僕と『剣』が繋がったような感覚があった。
次の瞬間、音もなく――深紅に輝く光の刃が出現した。
刃渡りは、だいたい1メートルにちょっと足りないぐらい。
真っ直ぐ伸びた光は揺らぐこともなく、ただ静かに赤い輝きを放っている。
「おお……」
ビームサーベルだ。本物を見たことはないけど。
でも、思っていたより普通だな。
「……なんか、思ったより大したことないですね」
「なに言ってるの、ひよりちゃん」
グリーマルが、顔色を変えて口を挟んできた。
元々顔色は青白いんだけど。
「とてつもなく圧縮されたエネルギーの塊だよ。どうやってこんな範囲に圧縮してるんだろう……触れただけで、人間なんて蒸発しちゃうんじゃないかな」
「え……」
反射的に、深紅の刃をさらに上へ向ける。怖いこと言わないでよ。
「そのお嬢さんの言う通りだね。間違っても人に向けちゃいけないよ」
「向けませんよ……なに言ってるんですか」
僕をなんだと思ってるんだ。こんなものを人に向けるわけがない。
いや、そんなことより……
「それよりこれ、預かってもらえるんですよね?」
刃が消えるように意識すると、深紅の光はすぐに消えた。
少しだけ手に持って考えて――伊吹さんに差し出す。
こんなあからさまな『武器』を、警察に協力しているとはいえ僕みたいな一般人が持ち歩くわけにはいかない。
なんか怖いし、警察に預かってもらうのが一番だ。
「いや、どうかな。どう見ても銃刀法で規制できる品じゃないよね」
「え、いやそんなこと言ったって、こんな危険な物を……」
「『魔法の道具』についての法整備は遅れていてね……なにをどう規制すればいいのかもわからないっていうのが現状なんだよね」
「ええー……」
政府にはもうちょっと頑張ってもらいたい。
まあ、魔法の剣を想定して法律を作れと言われても、困るのはわかるけどさ。
「とりあえず僕には判断できないからさ、法律クソ悪魔が帰ってきたら相談するのがいいんじゃないかな」
「ええ……如月さんにですか……」
如月さんに相談してもなぁ。
伊吹さんの判断の方がぜんぜん信用できるんだけど……
「それに、意思を持っていて、呼べば応えるんでしょ? 預かっても意味ないよ」
「……どういうことです?」
「『呼び声に応える』ってぐらいだから、呼べばどこからともなく現れるんじゃないかな」
「ええ……そんなばかな」
『意思を持ち、所有者の呼び声に応える』って言うから、返事でもするのかと思った。
確かによく考えたら、返事するだけの能力って意味わかんないよな。
しかし、うーん……まいったな。
というか、『剣』か……確かに僕は『小回りの利く攻撃手段が欲しい』と思っていたんだけど……ちょうどついさっき、新しい攻撃手段を用意したばっかりなんだよね。
だから……率直に言ってしまうと、武器なんて別にいらない。
しかも、こんな危険な品ならなおさらだ。
でも、考えてみれば『虹色の宝箱』は昨日の時点で出現していたわけだから、その時点では僕にとって『必要な物』だったわけで……
ああもう……タイミングが悪い。
「あら、伊吹さん。いらしてたんですね」
「やあ、月城さん。そろそろおいとまするところですよ」
そんなことを考えていると、月城さんが帰宅した。
制服姿で、今日は学校に行っていたらしい。
問題はグリーマルだ。
月城さんを確認すると、ぱっと表情を明るくして、とてとてと歩み寄っていく。
そして、そのまま抱き着いた。
どういうことなの。
「あらあら。どうしました?」
月城さんも特に驚いた様子はなく、抱き着いてきたグリーマルを優しく受け止めている。
グリーマルはしばらくそうしてから、流れるように右手で月城さんの手を握った。
そのまま月城さんを連れて、こちらに向かって歩いてくる。
で……左手で僕の手を握る。
「ふふ……」
……ご満悦という感じだ。
僕と月城さんの手をそれぞれ握って、満足そうにしている。
ああ、そうか。
限りない『哀惜』に苛まれながらも、それでも『誰か』のために前に進む、気高き魂……だったか。
そんなの、月城さんだってそうだ。
いや、月城さんの方が僕なんかより、ずっとずっと気高くて、強い。
咲のために……ずっと前を向いて、できることを続けてくれている。
グリーマルが懐くのは当然だ。
「……それじゃ、僕はそろそろ本当においとまするよ。クソ悪魔が帰ってくる前にね」
「あっ、はい。わざわざありがとうございました」
「構わないよ。僕も結構楽しんでるからね」
伊吹さんが帰ってしまうと、残されたのは僕と、月城さんと、ご満悦のグリーマル。
右手には月城さん。左手には僕。
グリーマルは両方の手を握ったまま、離す気配がない。
なんだろうなぁ、この状況は。
如月さんが帰ってきたら、面倒なことになる気がするけど……まあ、いいか。
嬉しいなら、なによりだ。




