第九十五話:原口くんはすごい
第九十五話:原口くんはすごい
「それじゃ、帰ろ。駅まで送るよ」
「駅まで? どうして?」
「んー、変なもの見せちゃったしさ」
「……うん」
原口くんの真似をして、駅まで白峰さんを送ることにした。
なんでもないような風にしていたけれど、声が少し震えているのがわかったから。
まだ小学生なんだから、当たり前だ。
「いつも、その……あんなのと戦っているの?」
「いつもはあんなのじゃないよ」
「そ、そうね……さすがにそうよね」
少しだけ安心したように、白峰さんが息を吐いた。
駅に向かいながら、白峰さんの質問に答えられる範囲で答える。
こういう時になにを話せばいいのかよくわからないので、自然にそういう形になった。
原口くんは自発的に話題を切らさないようにしてくれていたけど、僕には難しい。
やはり原口くんはすごい男だ。
「いつもはもっとヤバいからさ。特に、天使には気を付けてね」
「え……天使なんて、本当にいるの?」
「いるよ。もし天使を見たら、すぐに逃げてね」
白峰さんは人間みたいに生活しているけど、人間じゃない。
本人の認識がどうあれ、人間と吸血鬼のハーフというのは、場合によっては天使に敵として認識されるかもしれない。
ラジエルなんて奴が出てきたってことは、天使は他にも存在している可能性が高い。
クシエル以外にも武闘派の天使が襲ってきても、なにもおかしくないのだ。
僕がそばにいればいいけど、もし、白峰さんがひとりの時に出会ってしまったら……
「あ、そうだ。連絡先交換しておこうか」
「う、うん……いいけど」
「天使に限らなくても、危ないのが出たら連絡してよ。すぐ助けにいくからさ」
「……どうして? わたくしずっと、あなたに嫌な態度をとっていたわ」
白峰さんが足を止める。
僕も少し遅れて立ち止まって、振り返った。
「でも、今日は僕……じゃない、私を心配してくれたよね」
「あんな話を聞いたら、誰だって……」
「私は嬉しかったよ。それに、友達でしょ?」
「……はい」
小さな返事だった。
さっきまでとは違って、なぜか白峰さんは僕と目を合わせようとしない。
なんだろう。
やっぱりまだ怖いんだろうか。
とりあえずスマホを差し出して、少しだけぎこちなく連絡先の交換を済ませた。
僕のような古い人間には、こういう簡単な操作が逆に難しいのだ。
電話番号を聞いて手帳にでも書いていた時代の方が、わかりやすかった気がする。
交換を終えると、白峰さんはしばらくスマホの画面を見つめていた。
それから、なぜかそれを大切そうに胸に抱いて、鞄にしまう。
物を大切にするのはいいことだ。
僕のスマホはなんというか……傷だらけなんだよね。
これは月城さんが『佐倉ひより』用に用意してくれたものだけど、スマホというのは戦いに耐えるようにはできていない。
あちこちがへこんでいて……画面が割れていないのは奇跡みたいなものだ。
買い替えた方がいいんだろうけど、まだ使えるものを買い替えるのももったいないしなぁ。
「……必ず連絡しますわ。佐倉ひよりさ……さん」
「ん? 普通に呼んでよ」
「はい……わかりましたわ。佐倉ひより」
前から思ってたけど、独特の話し方だよね、白峰さん。
人を呼ぶ時、常にフルネームなあたりとか。
まぁそんなのは個人の自由だから、別にいいと思うんだけど。
そんなことを話しているうちに、白峰さんが電車に乗る駅についた。
僕が普段使っている駅とは結構離れていて、都心部路線のややこしさというものを否応なしに感じさせられる。
改札の前まで来ると、白峰さんが立ち止まった。
「あの……」
白峰さんがなにかを言おうとして、口を開く。
でも、しばらく迷うように視線を泳がせたあと――
「いえ、なんでもありませんわ……ごきげんよう」
「うん。また明日ね」
そう言うと、白峰さんは改札を通って真っ直ぐに消えていった。
なんか様子が変だったけど、大丈夫だろうか。
『生首ドリブル』はかなりグロい奴だったから、アレがはっきり見えてしまっていたなら、あの様子もやむを得ない。
今夜、ちゃんと眠れるといいけど……
スマホを取り出して、さっき交換したばかりの連絡先を開く。
少し考えてから、短い文章を打ち込んだ。
『大丈夫? もし不安だったらいつでも連絡してね』
送信。
ほとんど間を置かずに、スマホが震えた。
『ありがとうございます。頼りにさせていただきますわ』
んー、大丈夫かなぁ?
まあいいや、帰ろう。
明日学校で会った時、まだ元気がなさそうなら声をかけてあげればいい。
それよりも今日は、まだやることが残っている。
帰ったら伊吹さんに来てもらって、箱を開けて……ううむ、伊吹さんには毎度申し訳ないなぁ。




