第九十三話:優しい人たちに囲まれて
「おはよう、ひよりちゃん」
「……うん。おはよう小春さん」
「大丈夫? すごい疲れてるみたいだけど……」
「ちょっと限界かも……昨日色々あってさ」
机に突っ伏しながら答える。
小春さんの顔を、ちゃんと見る元気もなかったので。
……本当に、色々あった。ありすぎた。
グリーマルとの対決から『きさらぎ駅』での冒険。
帰宅したと思ったら、休む間もなく天使と戦って、グリーマルの傷を月城さんに治療してもらいながら宿題もして。
結局ベッドに入れたのは3時を回ってからだった。
さらにそこから、文字通りずっと身体から離れてくれないグリーマルをなんとかベッドから追い出して、まともに眠れたのは……結局何時だったんだろう。
んで、起きたのは6時。約束通り原口くんの特訓に付き合って……僕はもう、体力の限界です。
あと、そうだ。
また現れた『虹色の宝箱』だ。
部屋に戻ったら、当たり前みたいな顔をしてど真ん中に鎮座していた……アレにも対応しないといけない。
変な物が入っていたら困るから、中身を鑑定できる伊吹さんに来てもらわないと……
「あんまり無理しちゃだめだよ。なにか手伝えることがあったら言ってね?」
「うん……そうだね、ありがと」
小春さんはいつも優しい。
真っ直ぐで純粋な気遣いが、心に沁みる。
本当に……やることの一部だけでも小春さんにお願いできればどれだけ楽だろうか。
邪界人の対応とか……本来なら、小春さんの役割だったんだろうな。
どういうわけか、僕がその役割を引き継いでいる。
運命みたいなものが存在するのかどうかはわからないけど、こんな展開は神様だって予想してなかったんじゃないだろうか。
なんて、ね。
僕は小春さんを守る。戦いに関わらせないことで。
それが僕の意志だし、ピューイさんの願いでもある。
弱音を吐いている場合じゃないのだ。
今日は火曜日。
次の日曜日には地区大会の一次予選が控えているから、それに向けて集中したいところだ。
これ以上面倒事が増えないことを心から祈っているけど、そうもいかない気がするんだよなぁ……
ああそうだ、『生首ドリブル』も処理しないと……
予選に向けた最後の追い込みのためにも、遅くまで練習ができなくなるような化け物には、なるべく早く退場していただく必要がある。
やることが……多い。
昼休み。
「ねぇ、佐倉ひより。あなたの好きな人って、月城澪お姉さまのこと?」
「ぶっ……! げほ、ごほ……」
なにを言い出すのか、この人は。
飲んでいたお茶が気管に入って、盛大にむせてしまった。
「ありすちゃん。つきしろみおさんって?」
「世界で一番素敵なお姉さまよ。佐倉ひよりの好きな人は、年上の女性なんでしょう?」
「……違うよ、白峰さん。月城さんはそういうのじゃないよ」
「月城さんって、たまにひよりちゃんを迎えにくる、あの綺麗な人? どういう関係なの?」
小春さんが興味を持ってしまった。
ややこしいことにならないように、うまく説明しないと……
「月城さんは、お世話になってる家の人だよ。遠い親戚で、なにかと良くしてもらってるんだよね」
「あっ、もしかして、卓也が言ってた人かな? ひよりちゃんとの秘密特訓に、いつも差し入れを持ってきてくれる……わけがわからないぐらい綺麗なお姉さんがいるって……」
あの野郎、どこが『秘密特訓』だ。筒抜けじゃないか。
だいたいそういうこと、普通成瀬さんに言うか?
どんな顔で月城さんを見つめてるか、成瀬さんに知られたらどうするつもりだ。
「でもそんなのおかしいわ。月城澪さんより素敵な人なんて、この世にいないもの」
「ちょっと、白峰さん」
小春さんが白峰さんをとがめるように制止しようとする。
でもずっと気になっていたことなのだろう、白峰さんは止まらない。
「なら、佐倉ひよりの好きな人って、誰なの?」
「……好きって言っても、そういう『好き』じゃないよ。恋愛とか、わからないし」
本当のことだ。
恋愛とか、今の僕にはまったく思いもよらないことだから。
そもそもこんな姿で、恋愛もなにもないだろう。
「白峰さんも、会ったことのある人だよ……病院でさ」
「病院って……あっ」
「病院って? なんの話?」
ここまできて、黙っているわけにもいかないか。
……設定は、この間考えたのを流用しよう。
「従姉妹のお姉ちゃんが入院しててさ、ずっと意識がないんだよね」
「そうなんだ……」
「いつか目をさましてほしくて。また……会いたくて、話がしたくて、声が聞きたくて。そのためだったら私はなんだってする。誰よりも、なによりも……大切な人」
「ひよりちゃん……」
……いつの間にか、少しばかり感情的になってしまっていたらしい。
僕の言葉に、成瀬さんが涙ぐんでいる。
優しい友達に嘘をついていることに、少しだけ心が痛むけれど。
その気持ちがありがたかった。
「……ごめんなさい、佐倉ひより。わたくしが悪かったわ」
「いいよ。わかってくれたなら」
「わたくしも協力するわ。あなたが大切な人に会えるように」
「……いや、いいよそんなの」
「協力するわ」
強情だなぁ……
でも、いい子なんだと思う。
白峰さんも。
家でも学校でも、僕は優しい人たちに囲まれている。
その人たちを――守りたいと、思う。
戦う理由が、知らない間にいくつも増えていて。
それは別に、嫌じゃない。




