第九十二話:可愛く言ってもダメ
河川敷の土手を照らす赤色灯。
警察の車両――要するにパトカーが、数台到着した。
思ったより早い。
如月さんが、事前に準備しておいてくれたのだろう。
で、そのパトカーから降りてきた如月さんはというと……
こちらを見るやいなや、わざとらしく目を見開き、右手を口にあてる。
これまたわざとらしくキョロキョロしながら、露骨に驚いたようなジェスチャーを繰り返し、口をパクパクさせている。
無言で。
新しい煽り方かな? なんか言えよこのやろう。
『はわわわわ、ひよりちゃんが、ひよりちゃんが! 彼女と! あんなにくっついて! ほら見て見て!』ってところだろうか、通訳すると。
「そういうのいいんで。とりあえずグリーマルを連れて帰りたいんですけど」
「そんな、ひどい。私たちの愛の巣に他の女を……」
「愛の巣? その人がひよりちゃんの恋人なの?」
ほら信じた。
純粋な子を騙すんじゃないよ。
「……違うよ。はぁ……やめてくださいよ如月さん。グリーマルは人間界の常識がないんですから」
「しょうがないなぁ、許してあげよう。こう見えて私も体力の限界でね、これ以上続けるのはちょっと大変だったんだ」
「なぜそこまでして……芸人なんですか?」
「えへへ」
可愛く言ってもダメ。
可愛いけども。
怪我人がいるんだからふざけないでいただきたい。
「はいはい、わかりましたよ。ま、逃亡の恐れもないだろうし、怪我はまぁ……またお嬢様にひと頑張りしてもらうしかないね」
「……そうですね。月城さんに負担をかけるのは心苦しいですが」
「そんな……私になら負担をかけてもいいって言うの……!?」
「はいはい……」
話し方をころころ変えるんじゃないよ。
グリーマルがあからさまに混乱してるじゃないか。
「この人の言うことは、あんまり本気にしないでいいからね」
「……そうなの?」
「それは心外だね。善良な民間人との接し方は私だって心得ているよ? というわけで……」
如月さんが、にっこりと天使のような笑みをグリーマルに向けた。
なんかこれ、久しぶりだな。
「申し遅れました。私は警視庁特殊二課所属の、如月結衣と申します」
「この度は我々警察の不手際にグリーマルさんを巻き込んでしまい、申し訳ございません」
「本来であれば医療機関で治療を受けていただくところなのですが……異界の方ということですので、少々難しいところもあるものと存じます」
「恐れ入りますが、我々に同行頂けませんでしょうか?」
グリーマルが混乱している。
そりゃそうだろう。
それでも、一応意図は伝わったのだと思う。
「……うん。ひよりちゃんから離れないよ」
そうか。
そんな風に答えるんだね。
如月さんがこっちを見て、手を口にあてている。
『はわわわ』かな、これは。
……こっち見んな。
その後、如月さんの指示を受けた特殊二課の人たちが、倒れている天使2体の拘束を引き継いだ。
なんか……ぐるぐる巻きにしている。
あれが封印というやつなんだろうか。
「あの天使は『ラジエル』だ。クシエルみたいな武闘派とは違って……まぁ要するに、魔術みたいなのが得意な奴だね」
また、聞いたことのない名前の天使だ。
天使についてはある程度ネットで調べてみたけど、その名前は見なかった気がする。
「有名どころじゃないからしょうがないよ。どっちにしろクシエルの封印を解いて脱走させたのはあいつだろうから、念入りにぐるぐる巻きにしないとね」
「……そうですね」
さて……それじゃぁそろそろ、先送りにしていた問題について考えよう。
……ゴーレムくんのことだ。
「如月さん、これ」
「ん? そういやさっきから気になってたけど、これなに?」
「僕の作ったゴーレムですね」
「はい。私はマスターに作られたストーンゴーレムです」
「うわっ、しゃべった」
「そうなんですよ、知性があるみたいで」
ゴーレムくんは天使を押さえつける任務が終わり、直立不動でじっとしていた。
とはいえでかいので……目立つ。
特殊二課の人たちも、ちらちらゴーレムくんのことを見ていたし、どうにかしないといけないよなぁ。
「天使2体が警察によって拘束されたため、マスターの新たな命令があるまで待機しています」
「ほえー、現状把握までできるんだ」
「……知性があって普通にしゃべるような存在を、気軽に石に戻すのはどうなのかなって」
「うーん、でもこんな大きな子、うちじゃ飼えないよ。もといた場所に捨ててきなさい」
「ええ……やりにくいなぁ」
頭を抱えながら、身長3mほどの暗赤色の巨体を見上げた。
本人――いや、人っていうか……ゴーレムくんは、僕らの会話を気にする様子もなく、じっと次の命令を待っている。
「にしてもこれ、なにでできてんの? なんかストーンっていうには……んんん?」
「……どうしました?」
如月さんがゴーレムくんに近づき、その身体をまじまじと観察する。
「いやこれさ、私は賢いからわかるんだけど……石は石でも、コランダムじゃない?」
「こ……なんです、それ?」
「コランダムだよ。モース硬度9、ダイヤモンドの次ぐらいに硬い鉱石さ」
「へぇー? 硬そうだとは思ったけど、そんなにですか」
「ところでストーンゴーレムってどんな感じで完成するの?」
「え? 魔法を唱えると、なんか地面から石が出てきて……がしんがしーんって感じですよ」
「ああそう……」
如月さんが、もう一度ゴーレムくんを見上げる。
なにか考えながら。
「地中から呼び出してるってことは……天然ものかぁ……」
「なんの話です?」
「コランダムっていうのは、含まれる不純物によって色が変わるんだけどさ、これ赤いよね」
「赤いですね。どっちかっていうと黒に近い気がしますけど」
「赤いコランダムのことを、一般的にルビーって呼ぶんだよね」
「……え?」
「だから、これが地中にあったコランダムをそのまま使ってるなら――正真正銘、天然のルビーってことになる」
もう一度、ゴーレムくんを見た。
でかいなぁ……
「地中のどっかから天然のルビーが呼び出されて、どういう原理かわかんないけど、でっかい結晶になって動いてるってこと」
「それって、えらいことでは」
「そうだね。魔法を解いて、そのへんに放置して帰るってわけにはいかない」
如月さんが腕を組み、うーんと少し考える。
「とりあえず連れて帰るしかないよ」
「はぁ……」
また、面倒な問題が増えた。
まだ今日の宿題も終わってないのに……
もう疲れたよ、僕は。




