第八十八話:罪と罰
「それじゃ、行ってきます」
「あいよー、いってらっしゃい」
「お気をつけて。いざというときは、ご自分の安全を優先してくださいね」
2人とも、ぐったりしてしまっている。
伊吹さんや朝霧には連絡がつかないし、僕一人で戦うしかないのは少し不安だけど……やると決めたのは他ならぬ僕だ。
目的地は、いつもの河川敷。
どういうわけか、あそこで戦っているらしい。
とにかく、『人探し』の魔術で見つけられたということは、少なくともまだグリーマルは生きている。
今は、急ごう。
もちろん、普段通り交通機関を使って向かうわけにはいかない。
時間がかかりすぎる。
走った方がよほど早いけど、夜の街を全力で走り抜ければ、いくらなんでも目立ちすぎる。
なら、どうするか――
庭から、上空に向かってジャンプ。
10メートルぐらい浮き上がったところで、『空』を蹴る。
伊吹さんがやっていたみたいに。
でも、僕の場合は『素早さ』と『器用さ』に任せた強引なものだ。
『パンッ』
軽い炸裂音。
身体が前へ弾き飛ばされる。
もう一度。
さらに、もう一度。
前へ。
ものすごい勢いで、景色が後ろに吹っ飛んでいく。
もうとっくに冷房が必要な季節なのに、身体に叩きつけられる風はひどく冷たい。
前へ。
何度も繰り返す。
上から見る景色は少しばかり勝手が違うけど、目指す場所は明白だ。
車よりも、電車よりも、鳥よりも――疾く。
見えた。
いつもの河川敷。
くだらない悩みを聞いて、適当に答えて、戦ったあの場所。
そこが、炎に包まれている。
前方には、宙を舞う2つの人影。
どちらも『下』に注意を向けていて、こちらにはまったく気づいていない。
少しだけ高く飛び上がり、音で気づかれないようにあとは慣性に任せる。
「マジカル・ガイアシールド」
高速で接近しながら、『防御魔法』を展開。
防御魔法といっても、岩は岩だ。
そして、今の僕の魔力なら――硬度は以前の比じゃないはず。
そして、発生した『岩』を、そのまま胡散臭いサングラスの男――クシエルに叩きつけた。
「ぐアっ!?」
短い悲鳴と共に、クシエルが川の向こう側へ吹っ飛んでいく。
それを視界の端で確認しつつ、進行方向の逆に向かって『空』を蹴り、強引に速度を殺す。
そのまま落下しながら、上空のもう1体――こっちはクシエルと違って、いかにも天使といった趣の白いローブをまとった人影にステッキを向けた。
僕の得意技は、不意打ちだ。
反応される前に、できればどちらかを潰したい。
この角度なら、周囲への被害を考慮する必要もない。
「マジカル・ストーンバレット」
魔法の言葉を口にすると、発生した石弾が――今の僕でさえ視認できない速度で『天使』へと突き進む。
本命は、石弾本体じゃない。
あの『森』を『道』に変えてしまったほどの衝撃波だ。
天使だかなんだか知らないけど、まともに食らって無事で済むわけがない。
そして、着地。
「ひよりちゃん……?」
グリーマルが、珍しく面食らっている。
いつもそういう顔をさせられるのは僕なのだけど。
「遅くなってごめんね」
「どうして? 敵なのに」
「今更でしょ」
いつもと立場が逆になっている。
でも、それを笑う気にはなれなかった。
グリーマルは傷だらけで、特に左腕の裂傷と火傷がひどい。
軍服風のゴスロリ衣装もボロボロに焼け焦げている。
並の人間なら、命を落としていてもおかしくない。
石弾を放った方を見上げて睨みつけると、粉末状にまで粉砕された石弾が砂煙になって、視界を遮っていた。
でも、『なにか』が浮いているのはわかる。それが、『こちら』を見ていることも。
どういう方法で防いだのかわからないけど――健在だ。
「マジカル・ストーンバレット」
もちろん、一度でダメなら何度でもだ。
再び上空へ向けて放たれた石弾が、凄まじい衝撃波を撒き散らす。
巻き起こった風圧が河川敷を吹き抜け、周囲を包んでいた炎を一気に薙ぎ払った。
「どうシて、ヒロシがクシエルの邪魔をスる!」
ちっ、もう戻ってきたか。
川の向こうまで吹っ飛ばしたはずのクシエルが、怒気に満ちた声を張り上げながらこちらを見下ろしている。
でも――こっちだって怒ってるんだよ。
「こんな女の子を、2人がかりで寄ってたかって……」
「ヒロシは愚カだ。邪神の使徒に、男も女もナい!」
「黙れよ。お前の理屈なんてどうだっていいんだ」
そうだ、どうでもいいんだよ。
理屈じゃない。
なにが天使だ。なにが神罰だ。
「僕の友達をよくも傷つけてくれたな」
お前の罪に罰を与えてやるよ。
この僕が。




