第八十五話:使っちゃいけない魔法
レンガ造りの古びたトンネルは、どこまでも真っ暗で、少なくともここから出口の光は視認できなかった。
どれくらい続いているのかはちょっとわからない……というか、そもそも出口が存在する保証がないから、あんまり通りたいとは思えない。
例えば、途中で電車が走ってきたりしたら、逃げ場がないし。
まぁ、僕はその気になれば電車より速く走れるから、一人だったら問題ないのだけど……グリーマルがいるからなぁ。
「あんまりトンネルは通りたくないね。待ち伏せとかされてたら嫌だし」
「崩してみる?」
「え、なんで」
「もし中になにかがいるなら、それで解決でしょ?」
なんかさっきから、過激な解決方法ばかり提示してくるな。
普段は大人しいのに、なんなんだろうか。
「……そうかも。なにかいるとしたら、人間じゃないだろうし」
駅を出てからここまで、それなりの距離を歩いてきた。
その間に遭遇したのは、顔のない人型の怪異と、片脚のおじいさんだけ。
他にもこの世界に閉じ込められた人がいる可能性は捨てきれないけど、少なくともこの辺りには人がいるとは思えなかった。
「うん。地震起こす魔法、見てみたいな」
「えー、どうなるかわかんないよ?」
「大丈夫だよ」
なにが大丈夫なのか。
……とはいえ、元の駅に戻ろうとしてたどり着いたのは、この見覚えのないトンネルだ。
このまま歩いても、徒労に終わるような気がするし、そろそろ『最後の手段』を試してみるのも悪くない。
『マジカル・アースクエイク』は、これまで一度も使ったことがない。
こんな時でもなければ、一生使う機会がないような気もするし……
「……じゃ、やってみるね。なにが起きるかわからないから、もうちょっと近づいて」
「うん」
そう言うと、グリーマルが僕のすぐそばまで近づいてきた。
そして、そのままぎゅっと僕にしがみつく。
……そこまで近づけとは言ってないけど。まぁ、いいか。
ステッキを構え、さっきと同じように――『魔力』を意識する。
そして、少しだけ緊張しながら――
「マジカル・アースクエイク」
その瞬間。
世界が――崩壊したように見えた。
「うわっ!?」
足元から、世界そのものがひっくり返るような凄まじい地鳴りが響き、周囲の地面が凄まじい勢いで崩れ落ちる。
目の前の線路が音を立てて歪み、枕木が弾け飛ぶのが見えた。
次の瞬間、目の前にそびえ立っていたレンガ造りのトンネルが、まるで飴細工のようにぐにゃりと歪み、轟音とともに崩落していく。
そればかりか、大地そのものが悲鳴を上げているような轟音が響き渡ると、トンネルが貫通していた山そのものに巨大な亀裂が走り、大地が真っ二つに――割れた。
「ちょ、ちょっと待って! これ……!」
「すごいね」
「すごいねじゃないよ!」
巨大な地割れが口を開け、古びたトンネルを丸ごと飲み込んでいく。
周囲に生えていた木々も、線路も、地面も。
なにもかもが次々と崩れ落ちていく。
……これは、いくらなんでもめちゃくちゃだ。
マグニチュードいくつだよ。
そして数秒後。
パズルのピースが組み合わさるように地割れが綺麗に閉じ――周囲には、だだっ広い平らな更地だけが広がっていた。
「うわぁ……」
……大惨事もいいところだ。
これは、どう考えてもそのへんで使っていい魔法じゃない。
街中どころか、元の世界で使っちゃ駄目なやつだ。
「これで通れるね」
「通るというか、まぁ……うん」
トンネルそのものがなくなってしまった。
ただ、元々トンネルがあった方向へ進めば、その先に線路が続いているはずだけど……
とりあえずそちらに向かって、すっかり平らになった大地を歩き出す。
それからしばらく進んだところで――遠くに光が見えた。
「ん?」
光は少しずつ大きくなってくる。
どうやら、こちらに向かって走ってくる車のヘッドライトらしい。
眩しさに目を細めていると、その車は僕たちの隣までやってきて、ゆっくりと停車した。
運転席の窓が開くと、中には中年ぐらいの男が座っていた。
「乗ってください」
「え、いやですけど。どこに連れて行くつもりですか?」
さすがに怪しすぎる。
こんな場所で突然現れた車に、誰が素直に乗るというのだろうか。
……男がこちらを見る。
最初は普通のおじさんに見えたけど……やっぱり、人間じゃなさそうだ。
なんというか、目がおかしい。
左右の目が少し飛び出していて、それぞれまったく違う方向を向いている。
「すみません。もう……出て行ってもらいたいので」
「……はい?」
「元の世界まで送りますので……乗ってくれませんか……」
暴れてみればなんらかの反応があるかなー、ぐらいの感覚だったけど……
こうも直接的にアプローチをかけてくるとは思わなかった。
送ってくれるというならありがたいことだけど、なにかの罠という可能性もあるしなぁ。
「どうする?」
「私はどっちでもいいけど、ひよりちゃんは門限とか大丈夫なの?」
「んー、うん。特に門限とかはないよ」
「そうなんだ」
小学生に見えても、僕はちゃんとした大人だ。
特に門限とかに縛られてはいない。
とはいえ……スマホを見ると、すでに20時近くだ。
これから生首ドリブルを片付けて、それから家に帰るとなると……さすがにちょっと厳しい時間だ。
罠だったら罠だったで、その時はその時だね。
「それじゃ、送ってもらえますか?」
「はい。どうぞお乗りください……」
そんなに怖がらなくていいのに。
グリーマルと一緒に、車の後部座席に乗り込んだ。
例によって僕はあまり車に詳しくないんだけど、内装も含めて普通の乗用車に見える。
男はそれ以上なにも話さず、車がゆっくりと動き出す。
窓の外には、代わり映えのしない暗い景色が流れていく。
どれぐらい走っただろうか。
気がつくと――窓の外に、見慣れた街並みが広がっていた。
車が、僕たちが電車に乗った駅の前に止まる。
「着きました」
「ありがとうございます」
なんとなくお礼を言ってから、グリーマルと一緒に車を降りた。
その瞬間だった。
スマホから、メッセージの通知音が立て続けに鳴り始める。
画面を見ると、如月さんと月城さんから大量に連絡が入っていた。
特に月城さんからの通知がすごい。
……これは、まずいぞ。
よくわからないけど、『異世界』では送信だけができて、受信ができなかったのかもしれない。
それが、こっちの世界に帰還したことで一気に届いたということか。
タイミング的に、車の中までが『異世界』だったのかな?
「ごめん、ちょっと心配されてるみたいだから今日は帰るね」
「うん。また連絡する」
「それじゃ、また来週」
「またね」
グリーマルに手を振ると、向こうも小さく手を振り返してきた。
困ったなぁ、かなり心配をかけてしまったみたいだ。なんて言おう……




