第八十四話:魂が震えるの
森に、新しい道ができていた。
ついさっきまで木々が生い茂っていた場所が、一直線に吹き飛んでいる。
周囲には粉砕された木片が散乱していて、まるで隕石でも落ちたかのようだ。
……そんなの見たことないけども。
さっきまで聞こえていた祭囃子はいつの間にか止んでいて、周囲は不気味なぐらい静まり返っていた。
「なにこれ……」
「初めてなのに、すごいよ」
そんな、スマホゲームのチュートリアルみたいなことを言われても困る。
どうしたらこうなるんだ。
というか、まいったな……こんな魔法、街中で使えないぞ。
石を出す魔法だって、これまでは役立たずなりに工夫して使っていたわけだけど……
……また魔法の不便さが増してしまった。
「他にはどんな魔法が使えるの?」
「ん、わかりやすいのだと……岩の壁を出したり、地震を起こしたり、かな」
「地震、起こしてみようよ」
「え、今の見たでしょ。たいへんなことになっちゃうかも……」
「だからだよ。この『世界』そのものが怪異なんだと思うから」
「だから地震で粉砕しようってこと? さすがに乱暴すぎるよ」
「そう?」
「うん、さすがに」
こうやって僕たちを閉じ込めているということは……もしかすると、他にも閉じ込められている人がいるかもしれない。
その可能性がある以上、大地震でめちゃくちゃにしてみるというのは、ちょっとよろしくない気がする。
もしやるとしても、最後の手段だろう。
「とりあえず、線路に沿って戻ってみようよ。意外と元の駅にたどり着けたりするかもしれないし」
そう言って、線路に降りる。
見た感じ普通の線路だけど、ちょっと古めかしい感じがして、普段見る線路とは違って見えた。
「おーい、危ないから線路の上歩いちゃ駄目だよ」
月明かりを頼りにしばらく歩くと、後ろから声をかけられた。
振り向くと、少し離れたあたりにおじいさんが立っている。
もしかすると、閉じ込められた人かもしれない。
一瞬そう思ったけど、違う。
よく見ると、おじいさんは左脚がなくて……右脚だけで立っていた。
重心のバランスが変だ。
「……第一村人発見ってわけじゃ、なさそうだね」
「うん? そうだね、違うと思う」
ひと昔前のテレビのネタがグリーマルに通用するわけもなく。
そんなことを話していると、おじいさんはふっと、煙のように消えてしまった。
やっぱり人間じゃなかったか。
「ねぇ、グリーマル」
「なあに?」
「さっきのあれ、どうしてあんなことしたの」
「あれって?」
「魔力の件だよ。僕を強くしてどうするの?」
線路に沿って歩きながら、気になっていたことを聞いてみる。
なんだかんだ言って、僕はグリーマルの敵だ。
僕とばかり戦っているけど、それが本来の仕事ってわけじゃあないだろうし。
「だって、そうしないといなくなっちゃうかもしれないから」
「……そうしないとって、そんなことしなくても、別にいなくなったりしないよ」
「ううん。そうじゃなくて……死んじゃうかもしれないでしょ?」
「死って……」
僕は割と、何度も死にかけている。
たまたま月城さんや小春さんがいたり、伊吹さんがいたりして助かっただけだ。
だから正直、そう言われてしまうと反論のしようがないんだけど……疑問の答えにはぜんぜんなっていない。
「でも、敵だよ」
「あのね……さっき言ったよね」
そう言うと、グリーマルは僕の手を握った。
冷たい手で。
そのまま真っ直ぐに、僕の目を見つめてくる。
「限りない『哀惜』に苛まれながらも、それでも『誰か』のために前に進む、気高き魂。それが……あなた」
真っ直ぐに目を見つめながら、そんなことを言う。
買いかぶりすぎもいいところだと……思う。
「私は『哀惜』のグリーマル。あなたのそばにいられるなら、私はなんでもするよ?」
「なんでもって……やめなさい。そんなこと言うの」
「どうして?」
「どうしてって……わからないの?」
「うん」
まったくもって、邪界人の考えることはわからない。
ただ少なくとも、まだ数回しか会っていない人間に、そんなことを言うべきではないと思う。
「僕のこと、そこまで知らないでしょ」
「わかるよ。魂が震えるの」
魂ときた。
どう反応していいのかわからないけど、どう反応しても説得は無理なんだろうなぁ。
邪界人とは会話が成り立たないみたいなことを、ピューイさんは言っていた。
グリーマルとはそれなりに会話が成立している方だと思うけど、やっぱり埋めがたい『なにか』はある。
そうこうしているうちに、前方に大きな黒い穴が見えてきた。
トンネルだ。
そのまま近づいていくと、入口の脇に古びた銘板が取り付けられている。
月明かりだけではよく見えなくて、スマホのライトで照らしながらそこに刻まれた文字を読む。
『伊佐貫』
もちろん、そんなトンネルは聞いたことがない。
まぁ、電車で通過するトンネルの名前なんていちいち調べないし、名前を聞いたことがあるトンネル自体、数える程度しかないのだけど。




