第八十三話:鼓動の奥に
第八十三話:鼓動の奥に
『顔のない人影』は……じわじわと数を増やしながら、僕たちの周囲を取り囲み始めている。
うーん、こういう場合どうするべきか。
見た感じ人間じゃないと思うんだけど、もし撲殺した後で『実は特殊な仮装をした人間でした』なんてことになったら、非常に困る。
「これ、人間だと思う?」
「違うんじゃないかな。誰かが作った眷属みたいなものだと思う」
「だよね」
『マジカル・クリエイトアザーワールド』で作り出すことができる、疑似的な生命を持った魔法生物と似たようなものだろうか。
僕には小動物ぐらいしか作り出せないから、これだけぞろぞろと人間大の生物を作り出せるとしたら、相当な『力』を持った『なにか』がここにはいることになる。
「倒さないの?」
「いやぁ……まだ人間じゃないとは断定できないし、まだ取り囲まれてるだけで襲われてないから……法的にね」
「……たいへんだね」
「うん」
こんな異世界で取り囲まれて、法律もなにもあったもんじゃないとは思うんだけどね。
一応ね、一応。
まぁ、ここはグリーマルの安全の方が優先か。
もちろんグリーマルは敵だけど……彼女の『パパ』のことを考えると、グリーマルを無事に帰さなければという気持ちになってしまう。
敵の幹部だけど、邪界人だけど、誰かの大切な娘なのだから。
そう決めて――『顔のない人影』の1体に、拳を叩き込んだ。
これくらいの距離なら、僕にとっては隣にいるのとなにも変わらない。
万が一人間だったとしても死なない程度に手加減しておいたけど……殴った感じは、水袋かなにか、形の定まらないものを殴ったような感触だ。
いずれにせよ、殴られた人影は――反応する間もなく吹き飛んで、溶けるように消えてしまった。
……うん、人間じゃないな。
そうなればこっちのものだ。
いい感じに周囲を取り囲んでくれているから、近いものから順番に殴り飛ばして、消滅させていく。
3分の1ぐらいが消えたところで、ようやく状況を把握したのか、『顔のない人影』たちが一斉にけたたましい奇声をあげ、手を振り上げた。
でも、もう遅い。
「……ふう」
1分もかからず、『顔のない人影』は全滅した。
『もろい相手がたくさんいる』というのは、僕にとっては実に相性が良く……はっきり言って、いいカモだ。
「グリーマル、怪我はない?」
「うん。心配してくれてありがとう」
「いやまぁ……僕についてきてこうなったわけだからさ」
「それはひよりちゃんのせいじゃないよ」
「そうなんだけど、気持ち的にね」
適当な理由を言っておく。
『君のパパを心配させたくなくて』なんて、照れくさくてとても言えないからだ。
グリーマルはそんな僕をじっと見つめてから、不思議そうに首を傾げた。
「ねえ、どうして魔法を使わないの? 魔法少女なのに」
「どうしてって、うーん……僕の魔法は役に立たないからね」
「役に立たないって、どうして?」
「魔力が低いんだよ。殴った方が遥かに強くてさ」
「……本気で言ってるの?」
グリーマルが、心底不思議そうに言う。
でも、実際そうなんだからしょうがない。
僕のレベルは現在『75』で、魔力の数値は『158』だ。
数値上はまぁ……高く見えるんだけども。
「いやぁ、説明が難しいな……僕の魔力は常人の40倍ぐらいなんだけど……常人の魔力がそもそも無いに等しいから、僕の魔力もたかが知れてるってわけでさ」
「……違うと思う、それ」
「え?」
「だって、考えてみて。『人間』の感情は、それだけでエネルギーなんだよ?」
「……うん?」
「あのね。私たち邪界人は、『人間』の感情を集めて邪魔力に変換するの」
「うん。それは知ってる」
「それはね、『人間』が持つ魔力を、感情という形で集めているってことなんだよ」
「まぁ……そうなるのかな?」
「『人間』は誰でも大きな魔力を持っているんだよ。ただ、目覚めていなかったり、使い方を知らなかったりするだけ」
「……なるほど?」
……確かに。
人間の感情を糧にするのは、邪界人だけじゃない。
怪異や悪魔なんかもそうだし、他にも色々いるんだろう。
そういった超常の存在に力を与えることができるわけだから、そもそも人間にそれだけの『力』があるというのは納得できる話だ。
それが僕のステータスで言う『魔力』と、同じものなのかどうかまではわからないけど。
「ひよりちゃんも、そうなんじゃない?」
「僕も……?」
「うん。ちょっときて」
言われた通りグリーマルに近寄ると――不意に、ぎゅっと抱きしめられた。
「ちょっ、なに」
「いいから。私の胸に、耳をあてて」
「ええ……」
いつの間にか、グリーマルのゴスロリ服の胸元が少しはだけていて、直接胸に耳を押し付けられる。
ちょっとほんとに、やめてほしいんだけど……
とにかく――どくん、どくんと……冷たい肌の奥からは、人間と変わらない鼓動が聞こえた。
「聞こえる?」
「う、うん……」
「目を閉じて、鼓動に集中して。イメージして」
「イメージって、なにを」
「鼓動を意識して、その奥にあるエネルギーを感じて」
鼓動の……奥?
言っている意味がよくわからない。
でも、とりあえず言われた通り目を閉じて、グリーマルの鼓動に意識を集中してみる。
人間の鼓動と変わらない、音。
それよりも、奥に――
「あ、なんだろ、これかな? なんかもやのようなものが感じられる気が……」
「そう。それが私の邪魔力と、魂」
「……うん」
「次は、自分の身体に意識を移して。同じものを探してみて」
「自分の……」
意識をゆっくりと、グリーマルの冷たい身体から……密着している自分の身体へと移していく。
自分の、鼓動。
そこから、さらに深く、深くへ――そうか、これが……
「それが、あなたの魔力」
「……うん」
「限りない『哀惜』に苛まれながらも、それでも『誰か』のために前に進む、気高き魂の力」
「言い過ぎだよ……」
「それを離さないで。そうすれば――」
「うん。試してみる」
『なにか』がわかった気がする。
今は『これ』から手を離さないで、やってみよう。
「マジカル・チェンジ」
グリーマルの冷たい肌から身体を離し、呪文を唱える。
いつもと同じように光に包まれ――それがはじけて、魔法少女の姿になった。
でも、いつもとは、決定的に違っていた。
「マジカル・ストーンバレット」
ステッキを構え、あの役立たずの……石を出すだけの魔法を口にする。
その瞬間――『世界』が震えたような気がした。
ステッキの先にいくつか、拳大の石が生まれる。
あれ、いつもより大きいな。そう思った瞬間――轟音が響いた。
「……え?」
だいたい、30メートルぐらいの長さだろうか。
正面の森がバラバラに吹っ飛んで、さっきまで存在しなかった『道』ができていた。




