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八十二話:きさらぎ駅

 おかしい。


 まずおかしいのは、グリーマルの位置だ。

 僕の真横に座って身を寄せ、ぴったりとくっついている。


 なんだかすごく安心しきっているような表情をしていて、どういう心理状態なのかわからない。敵なのに。

 彼女の体温はちょっとひんやりしていて、なんだかんだで人間じゃないんだなと思わされた。


 まぁそれは一旦置いておくとして……

 次におかしいのは、もうすでに20分以上、電車が走り続けていることだ。


 いつもなら、次の駅まで5分もかからない。

 急行や特急みたいな、長時間止まらずに走る車両に乗った覚えはないし、なにより……


 電車の外が、真っ暗すぎる。


 窓の外に、街の灯りがまったく見えないというのは、いくらなんでも異常だ。


「あのさ、ちょっとおかしなことがあって」


「どうしたの?」


「この電車、どこ走ってるのかなって。いつまで経っても駅につかないし、街の灯りも見えないからさ」


「ん……ちょっと待ってね」


 そう言うと、グリーマルは立ち上がって、きょろきょろとあたりを見回した。

 やっと離れてくれた。


「多分だけど、ここはもう人間界じゃないと思う」


「ええ……」


 気軽に言ってくれる。


 異世界から来た人からすれば大したことじゃないのかもしれないけど、こっちは心の準備ができていない。


「そんなことわかるの?」


「うん。座標が違うから」


「座標?」


「『世界』の座標だよ」


「うーん?」


 なんのことを言ってるのか、ぜんぜんわからない。


 邪界人の間では常識なのかもしれないけど、日本人の僕にとってはそうじゃないのだ。

 ただ、これはすごく重要な内容な気がするから……


 なるべく詳しい話を聞いて、月城さんに報告しなければ。


「ごめん。あんまりわかんない。僕にもわかるように教えてもらっていい?」


「うん。私こそごめんね」


 すぐ謝る。


 別にグリーマルが悪いわけじゃないんだから、謝らなくていいのにな。

 心配しなくても、こんなことで嫌ったりなんてしない。


「あのね、『世界』っていうのは――」


 グリーマルの話を遮るように、チカチカと、蛍光灯が何度も不気味に明滅を繰り返した。

 どう考えてもこの電車は怪異かなにかだし、僕たちが普通に会話しているのが気に食わなかったのかもしれない。


 ほどなく、電車は人気のない駅に停車して――プシューッという音とともにドアが開いた。


「……着いたね」


「うん。どうする?」


「そうだなぁ……こうしててもしょうがないし、出ようか」


 二人してドアから外に出ると、そこはなんというか、ひどく寂れた駅だった。


 すぐに背後のドアが閉まり、電車は音もなく走り去っていく。


 周囲は深い森に覆われていて、言いようのない閉塞感がある。

 古びた駅名標に目をやると、そこにはひらがなでこう書かれていた。


 『きさらぎ』


 ……偶然なんだと思うけど、嫌でも同居人の顔が頭に浮かんで、なんとも言えない気持ちになった。

 最近のあの人は露骨に僕に甘えていて、堕落しきっている。


 最初の……あの天使みたいな『如月結衣』さんはどこに行ってしまったのか。

 『普通に話してほしい』なんて要求した僕が間違っていたのか?


 ……歴史の『IF』を考えてもしょうがない。

 そんな風に考えながらも世話を焼いてしまう自分が悪いというのは、わかっているのだから。


「どうしたの?」


「あ、いやちょっと考え事をしててさ。『きさらぎ駅』かぁ……そんな駅あったっけ」


「多分……路線図にはなかったと思う」


「そうだよね」


 グリーマルが僕より電車の駅に詳しいわけがないから、僕がわからない以上はこれ以上駅の話をしてもしょうがない。

 それにしても、暗いなぁ……駅の灯りが、たいへんに心もとない。


 スマホを取り出して、ライトをつけようとして――気づく。


「あれ? 普通にスマホでネットに繋がるんだけど」


 アンテナのマークが、しっかりと立っている。

 それも3本。


「……ほんとだ。異世界なのに、変なの」


「まぁ、繋がったからどうだってこともないけど、一応家に連絡入れておくね」


 『異世界に迷い込んだので少し遅くなります』っと……

 月城さんと如月さんに送信完了。


 本当に届くのか、届いたところで返事が返ってくるのか。

 なにもわからないけど……一応ね、一応。


 既読はまだ、ついていない。


「グリーマルは、連絡する相手とかいないの?」


「いないよ。パパとは喧嘩してるから、連絡したくないし……」


「喧嘩、かぁ……」


「うん。人間界に行くの絶対ダメだって言うから」


「そっか……」


 僕と咲だって、喧嘩をしなかったわけではない。

 でも、その喧嘩だって僕なりに咲を想っての衝突だった。


 『人間界』なんて異世界に、独りで娘を行かせたい父親なんているわけがないだろう。

 その娘から連絡がないなんて、『パパ』がどれだけ心配していることか。


「きっと心配してるよ」


「……うん」


 その時だ。

 遠くから、ドン、ドンと……なにやら太鼓の音が聞こえてきた。

 それに少し遅れて、笛や鈴の音が混ざった祭囃子のような、賑やかな音が聞こえてくる。


「……お祭りでもやってるのかな」


「この音?」


「うん。祭囃子っていって、日本の大きなお祭りでは、こういうのが流れるんだよね」


「そうなんだ。邪界のお祭りとぜんぜん違うね」


「へぇー、異世界の祭りってちょっと興味あるかも」


「別に面白くないよ。みんなで静かに邪界大帝に捧げものを贈るだけ」


「なにそれ。お祭りでもなんでもないじゃん」


「お祭りだよ。邪界では邪界大帝が絶対者で、神なんだから」


「ああ、そっか……なるほど」


 祭りというのは、そもそも神とか自然とか、いろんなものに祈りを捧げたりなんやかんやして、あれこれ祈願するのがそもそもの成り立ちだと聞いたことがある。

 なら、実際に『神』とされる存在が君臨する世界だと、そんな感じになってしまうのかもしれない。


 ぜんぜん楽しくはなさそうだけど。


「……なにか近づいてきてる」


「え?」


「多分だけど……私たちが捧げものなんじゃないかな」


「そういうことかぁ」


 周囲の森が、ガサガサと揺れている。

 暗闇の中で、木々の間になにかが動いた。


 その直後、次々に黒い人影が、森の奥から姿を現す。


 人の形はしている。


 なのに――『顔』が、見えない。


 暗いからとかでなく、『見えない』

 そして、その顔の見えない人影たちは、祭囃子に合わせるように、ゆっくりと僕たちに近づいてきた。

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