第八十一話:指輪の力
「……っていうことがあってさ。なにか見たことない?」
「どうだろ。都市伝説? って、私わからないから……」
「ああ、そうだよね。こっちきてそんなに経ってないもんね」
「うん、ごめんね。今度調べておくね」
「……いいからさっさと戦ってくれんか。ピューイは暇じゃないんだけど」
「あ、ごめんなさい……邪界獣出すから、待ってね……」
放課後。
いつもの河川敷で、僕たちは戦闘前の雑談を交わしていた。
どうにもピューイさんは『哀惜のグリーマル』が少し苦手らしい。
グリーマル本人にもそれが伝わっているようで、ちょっと距離がある。
まぁ、敵なんだから距離があって当たり前なんだけど。
もちろん……忙しいというのも本音だろう。
グリーマルの話が今日は少し長くて、すでに陽が落ちかけている。
さて、それじゃさっさと終わらせますか。
「じゃあ、ピューイは先に帰るから」
邪界獣の浄化が終わると、ピューイさんはそれだけ言い残して、いそいそと帰ってしまった。
こういうダウナー系の女の子が苦手なんだろうか。
「ねぇ、ひよりちゃん」
「ん? なに?」
「ひよりちゃん、先週より強くなってる……よね?」
「え、うん。そうかも」
確かに強くなっている。
レベルが上がっているのはもちろんなのだけど、それよりも『リング・オブ・プロテクション+5』だ。
『あらゆるダメージを軽減する』という説明に、最初はピンときていなかったのだけど……
どうやら『ダメージ』というのは、僕が散々悩まされてきた『反作用』によるダメージも含まれているらしく、以前と比べて倍以上の勢いで殴ることができるようになった。
それは要するに、『伝説の斧』を使わなくても、普通の邪界獣ぐらいなら速度を乗せた素手の打撃でバラバラにできるということで……
突然強くなったとグリーマルが感じるのも無理はない。
『必要な物』か……確かにその通りだ。
でも、異世界の神に僕の事情がわかるというのなら、本当に必要な……咲を、返してほしいと強く思う。
「……嬉しい」
「え、なんで。敵だよ?」
「だって、強くなったら……いなくなっちゃったりしないでしょ?」
「いなく……? まぁ、うん。急にいなくなったりはしないつもりだけど」
「うん。約束だよ」
連投してきたメッセージでも感じたことだけど……
言葉の節々から……彼女が『誰か』を失うことを極端に恐れているのが伝わってくる。
故に、『哀惜』のグリーマル、か……
「あ、しまった。ピューイさん帰っちゃったよ」
「どうしたの?」
「いや、ちょっと用事があってさ。マジカル・フィールド張ってもらわないと困るんだけどなぁ……」
「用事って?」
「さっき話した『生首ドリブル』だよ。頻繁に出るなら倒しておこうかと思ってさ」
「マジカル・フィールドって、人が入ってこないようにする魔法だよね?」
「うん、それそれ。いつも戦う時使ってもらってるやつ」
「私、できるよ。邪界魔法だけど」
「え、そうなの?」
「うん。私も……ほら、あんまり目立つわけにはいかないから」
……確かに。
『哀惜のグリーマル』はいつも軍服風のゴスロリファッションで、ウェーブ気味の髪はエメラルドグリーンだ。
おまけに肌は青白く、ついでに耳が尖っている。
そのへんを歩いていれば、そこそこ目立ってしまうだろう。
「一緒に行こうか?」
「え、悪いよ。敵だし」
「でも戦うんでしょ?一人じゃ危ないよ」
うーん、どうしたものか。
『生首ドリブル』はなるべく早く排除しておきたいんだけど、でもなぁ……敵だしなぁ。
「まぁいいか。営業時間外だし」
「うん。気にしないで」
気にはする。
逆になんでこの人は気にしないのだろう。
……邪界人の感覚を理解するのは難しい。
学校までは、電車で2駅だ。
駅の改札を抜け、ホームに滑り込んできた車両に乗り込んだ。
改札では、グリーマルもスマホで決済を済ませていた。
なかなか使いこなしている。
「……あれ?」
ふと見渡すと、車内はがら空きで、僕たち以外に誰も乗っていなかった。
今日は月曜日。
この時間はいつもなら、200%を超えた乗車率が仕事帰りのサラリーマンたちを苦しめているはずだ。
なのに、誰もいない。
「もう邪界魔法使ってる?」
「ううん。まだ使ってないよ、どうして?」
「いや、誰も乗ってないからさ」
「ほんとだね」
そんなことを話しているうちに、扉が閉まる。
一瞬、車内の蛍光灯が瞬いたような気がした。
そして電車は、暗闇の中を走り出した。




