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七十九話:生首ドリブル

 今日は日曜日。


 来週の日曜日には、全国大会へと続く地区大会の一次予選が控えている。


 それまでに少しでも強くなりたい。

 そんな原口くんの希望に応えて、今日は朝から一日、特訓に付き合うことになっていた。


「遅いよ!」


「くっ……!」


 足元に伸びてきた原口くんの足を軽くかわす。

 そのまま原口くんの横を抜けようとすると、すぐに体勢を立て直して追いかけてきた。


 立て直すまでの速度が明らかに以前よりも上がっている。

 特訓の成果と言えばそれまでだけど、短期間の特訓でこうも上達するとは。


 最高の原石を見つけた指導者というのは、こんな気分なのかもしれない。


「まだまだ!」


 そう声をあげながら追いすがってくる彼を引き離し、シュート。

 ネットが揺れ、原口くんが膝をつく。


「もう一回だ!」


「少し休んだ方がいいんじゃない?」


「まだ平気だ!」


 額から汗を流しながら、原口くんが力強く言う。


 すごい気合いだ。


 このまま続けてもいいけど、倒れられても困る。


 どうやって休ませようかと考えていると、原口くんがグラウンドの外を指さした。


「佐倉、あれ」


「うん?」


 示された方向へ目を向けると、グラウンドの外周で、月城さんがこちらに向かって手を振っていた。


「月城さん?」


 僕たちが駆け寄ると、月城さんは小さな保冷バッグを持ち上げて見せた。


「今日は暑いですから、差し入れです」


 そう言って、中からスポーツドリンクを2本取り出して渡してくれる。

 受け取ったペットボトルはキンキンに冷えていて、火照った頬に当てると気持ちよかった。


「ありがとうございます。ちょうど休憩しようと思っていたところでした」


「それはよかったです」


「あ、ありがとうございます……」


 月城さんが柔らかく微笑むと、隣から妙に固い声が聞こえた。

 ……もちろん原口くんだ。


 顔を真っ赤にして、月城さんに見とれている。


 あー、まぁ、うん。


 今日の月城さんは、いつもと少し雰囲気の違う真っ白なサマードレス姿で、なんというか……

 まるでどこかの国のお姫様みたいだった。


 そもそも月城さんというのは僕から見ても、ものすごい美少女だ。


 こんなに綺麗な年上のお姉さんが、わざわざ差し入れを持ってきてくれたら、小学生の男子がこうなるのはやむを得ない。


 ……やむを得ないが、それは成瀬さんの恋の危機でもある。

 申し訳ないが、月城さんには早々にご退場願う必要があるだろう。



「……それでは、失礼します」


 少し不満そうな顔をしながら、月城さんが去っていく。


 その背中を、原口くんは名残惜しそうに目で追っていた。


「佐倉、あの人……誰?」


「……遠い親戚で、お世話になってる家の人だよ」


「そうなのか……」


 嘘ではない。


 日本人というのは、1000年ぐらい遡れば、だいたいどこかで血が繋がっているらしい。

 僕と月城さんが遠い遠い遠い親戚だったとしても、なんらおかしくはない。多分だけど。


 それよりも、このままでは成瀬さんが危ない。

 ここは全力で追い込み、原口くんの頭から煩悩を消し去る必要がある。


「そんなことより、特訓でしょ?」


「お、おう……!」


 激しい特訓は、日が傾くまで続いた。



 ……原口くんの才能は、僕から見ても尋常ではない。


 小学生の『限界』に近い速度で動く僕に、最初の方こそまったく追いつけなかったが、今ではかなり食らいついてくるようになっている。


 でも、それはあくまで身体能力の差を技術と経験、そして執念で埋めているだけだ。

 少なくとも、原口くんの動きに人間離れしたような部分は一切ない。


 全力でぶつかり合うことでしか感じ取れない『なにか』というものは、確かにあるのだと思う。

 僕が『本気』を出していないと、原口くんが気づいたように。


 彼は――人間だ。

 夢にも、恋にも、一生懸命なだけの少年だ。


 そうとしか、思えなかった。


 それとも、『変身能力を持つ敵性宇宙人』というのは、そんなものさえも模倣できてしまうのだろうか。

 もし、そんなことまで可能なのだとしたら――


「おい、佐倉」


「ん、どうしたの?」


「いや、あれ……」


 原口くんが、グラウンドの反対側を指さしている。

 そちらに視線を向けると、薄暗くなってきたグラウンドの反対側で、誰かがボールを蹴っているのが見えた。


 薄暗い上に距離があるものだから、それが誰なのかまではよく見えない。

 とはいえ日曜日にここで練習しているなら、大会に出るメンバーの誰かだろう。


「どうせなら、声かけてくれればよかったのにね」


「違うって……なに言ってるんだ、佐倉……」


「うん? なんの話?」


 原口くんの声が震えている。

 顔からは、あからさまに血の気が引いていた。


「……いいか。もうあっちは見るな」


「え?」


「静かに、ここを離れるぞ」


「え、うん……いいけど……」


 なんの話をしているのかわからない。

 それでも、原口くんの表情は真剣そのものだ。


 言われたとおり、グラウンドの反対側を見ないようにして、原口くんの後ろを歩いて出口へ向かう。

 グラウンドを出ても、原口くんは足を止めなかった。


 時々、後ろを確認しながら歩き続ける彼に、僕も黙ってついていく。


 しばらく歩いて、人通りの多い場所まで来たところで、原口くんはようやく足を止めた。


「ここまで来れば……大丈夫か……」


 そう言うと、原口くんは息を吐きながら、額の汗を拭う。

 それはさっきまでの……特訓で流した汗とは種類が違うものに見えた。


「……なんだったの? 着替えとか、置いてきちゃったけど」


「明日にしろ」


「でも――」


「絶対に戻るなよ」


 真剣そのものの声でこちらの言葉を遮りながら、こっちを見る原口くん。

 本当になんなんだ、いったい。


「生首ドリブルだ」


「生首ドリブル……?」


 ものすごく不穏な単語に、思わず首をかしげる。


「……見たんだよ。さっきボールを蹴ってた奴」


「うん」


「首が、なかった」


 ぞっとした。

 原口くんが冗談を言っているようには、とても見えない。


「え……」


「聞いたことないか? 夜の校庭で、首のない子供が、自分の頭でサッカーしてるって……」


「だから、生首ドリブル……?」


 原口くんは無言で頷いた。

 さっき、僕がボールだと思っていたもの。


 あれが本当に、人間の頭だったとしたら。


「……遅くまで練習するのは避けよう」


「そうだね……」


「それじゃ、駅まで送ってく」


「え、いいよ……方向逆でしょ」


「いいから」


 有無を言わさぬ口調でそう言うと、原口くんは僕を駅まで送ってくれた。

 歩いている最中、彼はずっと――色々な話をしてくれていた。


 サッカーのこと、チームメイトのこと。

 幼馴染の少女のこと。


 僕が怖がらないように、無言にならないように。


 彼は、小学6年生だ。

 本当に『首のない子供』みたいな化け物を見たのだとしたら、どれほど怖かっただろうか。


 それでも、僕が――同じクラスの女の子が怖がらないようにと、震える脚を前に進めた。


 すごい男だ。

 どれほどの好青年に成長するのか、想像もつかない。


 成瀬さんは、大変だろうな……

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