七十八話:彼女じゃん
月城さんが、泣いている。
それは、今まで一度も見たことのない表情で――
ぽろぽろと大粒の涙をこぼす月城さんは、いつもの凛とした姿とはぜんぜん違っていて。
なんだか、少しだけ幼く見えた。
「あー、ひよりちゃんがお嬢様泣かせたー!」
「ちょ、ちょっと……なに言ってるんですか。やめてくださいよ」
「なーかせたー! せんせー、ひよりちゃんがー!」
なにがせんせーだ、このやろう面白がりやがって。
いや、今はそんなことよりも……月城さんは、本当にどうしてしまったのだろう。
もしかして、なにか地雷を踏んでしまったのだろうか……
「あ、あの……月城さん?」
恐る恐る声をかけると、月城さんは涙を拭いながら、小さく息を漏らした。
「ふ、ふふ……」
「え……」
「いえ、大丈夫です。あんまり嬉しかったものですから」
そう言って、少し赤くなった目を細めて笑う。
どうやら、嫌だったわけではないらしい。
そんなにまで喜んでくれたなら、選んだかいがあったというものだけど。
いくらなんでも、そこまで喜ぶものだろうか。
咲とお揃いというのが、僕が考えているよりもずっと嬉しかったのかな。
「おや? 私のプレゼントは嬉しくなかったとでも言うのかな?」
自作の人形(禍々しい物)を掲げながら如月さんが尋ねると、月城さんは少しだけ考えてから……正直に答えた。
「はい。それほど嬉しくは……」
「そんな、ひどい……」
大げさに肩を落とす如月さん。
なんで張り合ってるんだ、当然の評価だろう。
誕生日に呪いの人形らしき物を渡されて、心から喜べるのはかなり特殊な人だけだ。
「おや? 私のプレゼントは嬉しくなかったとでも言うのかな?」
如月さんが、まったく同じ調子でもう一度尋ねた。
「はい……?」
「そんな、ひどい……」
やめなさいよ。
月城さんが困惑しているじゃないか。
僕だって世代じゃないぞ。
……この人、いったい何歳なんだ?
「ま、いいさ。それじゃ食べようぜぇー。もうお腹ぺこぺこなんだよ、私は」
ひとしきり満足したのか、如月さんが椅子に座る。
「ふふ……そうしましょうか」
月城さんはもう一度目元を拭うと、大切そうにヘアピンを箱にしまって、胸元に抱えた。
まだ少し目は赤かったけど、いつもの落ち着いた笑顔に戻っている。
そうして僕たちは、すっかり冷めてしまったピザとケーキを食べて、月城さんの誕生日を祝った。
冷めたピザは少し硬かったけれど、屋敷のダイニングルームに響く笑い声は温かくて。
来年は――ここに咲がいればもっといいなと、そんなことを、考えながら。
「ところでさー、ひよりちゃんさっきからめっちゃスマホ光ってるけど大丈夫?」
コーラを飲んでいた如月さんが、テーブルの端を指差して言う。
「え? あ、ほんとだ……」
マナーモードにしていたスマホの画面が、チカチカと連続で通知を知らせていた。
手に取って画面を確認し――頭を抱えた。
『明後日、やっと月曜日だね』
『早く会いたい』
『どうして返事くれないの』
『私のこと、嫌いになった?』
『お返事待ってます』
『まだかな……』
『ごめんね』
『返事ください』
『ごめんね』
……送り主は、『哀惜のグリーマル』だ。
なんだこの連投は。どう返すのが正解なんだ?僕にわかるわけがない。
「どったの?」
「いや……敵の、幹部っていうか……そういう人から連絡が来ていて」
うまく説明できない。
心が読めるんだから、こういう時こそ読んでほしいのだけど。
とりあえず、スマートフォンを差し出すと、如月さんは興味深そうにメッセージへ目を落とした。
「……彼女じゃん」
「ちょっ、なに言ってんですか」
どこをどう見れば、そうなるんだ。
「重めの彼女じゃん! おじょーさまー! ひよりちゃんが彼女作ったー!」
「なっ……」
バンッ、と。
テーブルを叩く、大きな音が響いた。
「なんですって……?」
月城さんが、さっきまでとは別人のような勢いで身を乗り出した。
血相を変えて僕のそばまで来ると、如月さんの持っているスマートフォンを覗き込む。
「……彼女ですわね」
「違いますよ……」
こうして、月城さんの18歳の誕生日は、騒がしく幕を閉じた。
何度も言うけど……彼女じゃないよ。
敵だよ。




