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七十四話:神からの恩寵

 家に帰ると、爆発物処理班が集まっていました。


 ……なんで?


 見慣れない防護服を着た人たちが、僕の部屋の前を慌ただしく行き来している。

 廊下には、なんだかよくわからない機材まで並べられていた。


 ……虹色の箱は、当然ながら僕の部屋に置かれたままだ。


 その周囲を、物々しい装備をした人たちが取り囲んでいる。


「いや、爆発するかもしれないからさ」


「だから、しないよ」


 隣に立っていた伊吹さんが苦笑いしている。

 どうやら如月さんに呼びつけられたらしい。


「そんなのわかんないだろ。私がまた怪我してもいいって言うのかい?なんてひどい奴だ」


「はぁ……わざわざ呼びつけないでほしいんだよね。忙しいんだよ、僕は」


 伊吹さんが深いため息をつく。

 僕が学校に行っている間に、ずいぶん大ごとになってしまったらしい。


「あの、それで結局、あの箱はなんなんでしょう」


 伊吹さんは虹色の箱へ目を向けたまま、見えないなにかを操作している。


 鑑定スキルのウィンドウがそこにあるということなのだろう。

 もちろん、僕にはなにも見えない。


 伊吹さんの視線だけが、空中をゆっくりと動いていた。


「伝説級の災厄を滅ぼした冒険者パーティに、神から与えられる恩寵……だそうだよ」


「それって……」


「そうだね。咲さんだろう」


 伝説級の災厄を?


 咲が?


 僕の知らない場所で、咲がそんな相手と?


 ……無事だったからこそ、この箱がここにある。

 そう考えればいいのだろうけど、父親としては、素直に喜んでいいものなのかどうかわからない。


「なら要するに、日向さんと咲さんが、『冒険者パーティ』を組んでいるということでいいのかい?」


 如月さんが、虹色の箱を眺めながら聞いた。


「そうなるね」


「僕と、咲が……」


 ゲームみたいな単語だけど、今更そこを気にしてもしょうがない。


 離れた世界にいても、僕と咲は確かに繋がっている。

 この変な箱がその証明なら――


「じゃぁ話は簡単だね」


「なにがです?」


「この箱は日向さんのものだってことさ。ほらほら、開けちゃおうよ」


「ええ……」


 爆発物処理班まで呼んだ人がまた適当なことを言う。

 爆発したらどうするんだよ。


「神の恩寵なんだろ?まさか爆発なんかはしないだろうし、多分いい物が入ってるんじゃないかな」


 なんか軽いなぁ……

 如月さんの判断がいまいち信用できない。


 助けを求めるように伊吹さんの方を見ると、小さく頷いてくれた。

 周囲を見回せば、爆発物処理班の人たちはいつの間にか撤収している。


 判断が早い。


「考え方次第だよ。日向さんの活動で咲さんのレベルも上がっているわけだから、そのご褒美だと思えばいいんじゃないかな」


「……わかりました」


 覚悟を決めて、箱の前に立つ。

 相変わらず虹色に輝いていて、現実味が薄い。


 怪しい。


「……開けますよ」


「おっけー、やっちゃって」


 壁の陰から顔だけを出して如月さんが言う。

 神の恩寵だから爆発しないと言ったのは、なんだったのか。


 無視しよう。

 箱の蓋へ手をかけ、ゆっくりと力を入れる。


 重そうに見えた蓋は、驚くほど簡単に持ち上がった。


 次の瞬間、箱の内側から眩しい光が溢れ出す。


「うわっ……!」


 しばらくして光が弱まり、恐る恐る覗き込んだ。


 大きな箱の中央に、指輪が一つ置かれている。

 宝石のようなものはついていない。飾り気のない、銀色の指輪だ。


 その周囲には、巻物のようなものが数枚並べられていた。


 ずいぶん大きな箱だったわりに、中身は少ない。


「指輪と、巻物みたいなものが入ってます」


「へぇー?」


 如月さんが壁の陰から出てきた。

 なんだこの人。


「見せてごらん」


 箱を覗き込むと、伊吹さんの――表情が変わった。


「これは……まいったね」


「どうしました?」


 なんだろうか、ただごとではない雰囲気だ。

 伊吹さんほどの人が驚く――『なにか』があるということなんだろうか?


「とりあえず、この指輪をつけてくれるかい?」


「え? はい」


 理由はよくわからないけど、伊吹さんが真剣な顔をして言うのだから、従った方がいいだろう。


「この信用度の違いに異議を申し立てたい」


 なにか言ってるのを無視しながら、指輪を取り出す。


 手に取ってみると、見た目よりもずっと軽い。

 少し僕の指には大きいように見えたけど、中指にはめた瞬間、指輪がわずかに縮んだ。


 ぴったりだ。


「おお……?」


 締めつけられている感じはない。

 まるで最初から、僕の指に合わせて作られていたみたいだ。


「それじゃ……ミグ・エルラ……」


 伊吹さんが呪文を唱えると――指輪が白く光り、そこから細い光の線が伸びた。

 光は僕の胸へとつながり、そのまま身体の中へ溶けるように消えていく。


 なんだこれ。


 痛くもかゆくもないけど……なんだこれ。


「専有魔法だよ。これで、その指輪は日向さんしか使えない」


「わかるように説明してほしいなー」


 ……そればかりは僕も同意見だ。


 伊吹さんは指輪を見つめながら、ゆっくりと名前を口にした。


「リング・オブ・プロテクション+5」


「プラス?」


 指輪の名前なのだろうけど、プラスとは。


「この指輪は、あらゆるダメージを10%軽減する。強化段階ごとに軽減量が10%上昇する。上限は+5」


「軽減?」


「つまり、あらゆるダメージを60%軽減する指輪ってことだね。これほどの装備は、僕も見たことがない」


「すごいの?」


 如月さんが指輪を覗き込みながら言う。

 顔が近い。やめてほしい。


「僕のいた世界を基準にするなら、これひとつをめぐって戦争が起きてもおかしくはない」


「それで専有呪文、か」


「……話が見えないんですけど」


 戦争って。


 話が大きすぎてついていけない。

 僕の指にはまっているのは、どう見ても飾り気のない普通の指輪だ。


「日向さんはいつも怪我してばかりだからね。『必要な物』が現れたのかもね」


「『必要な物』ですか……」


「ま、いい物が出てよかったねってことさ。もらえる物はもらっとこう」


 如月さんが雑にまとめた。

 本当にそれでいいのか?


「残りは強化スクロールだね。武器や防具を、一定の確率で強化する品だ。これも相当なものだよ」


 なるほど。


 すごい物なのだろうということは、なんとなくわかる。

 ただ、『軽減』というものが現実的にどういうものなのか、いまいち実感できない。


 あとになって、この指輪には命を救われることになるのだけど。

 この時は、指輪って校則的に大丈夫なのかな……なんて、そんなことばかりを考えていた。

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