七十話:大切な人
優しい光が、如月さんの右脚を包み込んでいる。
現場から回収された脚は、すでに元の位置に繋がっていた。
切断された場所を境に、淡い光が脈打つように明滅している。
こうして見れば、少し前まで床に落ちていたなんて信じられない。
「んー、お嬢様の存在を初めてありがたく感じたよ」
「……憎まれ口が叩けるなら、もう大丈夫ですわね」
月城さんが、如月さんの手を離すと同時に、脚を包んでいた光も消える。
口は災いの元。
回復魔術はここまで、ということらしい。
「えー、もうちょっと手を握っててよ。心細いからさぁー」
「はぁ……しょうがありませんわね」
月城さんは呆れたようにため息をつき、もう一度、如月さんの手を握った。
なんだかんだ言って優しいよなぁ。
ここは月城家の一室だ。
高そうな家具が並んでいて、如月さんの寝ているベッドだって僕が会社員をしていた頃の年収よりも値が張りそうに見える。
九条の部屋にも、高そうな家具や調度品はたくさん置かれていた。
でも、あちらが値段を見せつけるような部屋だったのに対して、こちらは人が心地よく過ごすために整えられている。
同じようにお金をかけていても、こんなに違うものなのか。
あの後――九条とクシエルは逮捕された。
九条は、僕と片山さんに対する誘拐と、咲に対する誘拐未遂の首謀者として。
クシエルは、殺人の現行犯だ。
月城さんと朝霧の目の前で、九条の手下を2人殺したらしい。
そのうえ、都内で起きていた連続殺人事件の容疑でも逮捕状が出ていた。
めちゃくちゃだ。
ちなみに、リトルグレイも逮捕されている。
伊吹さんの到着が少し遅くなったのはその処理のためだったそうだ。
僕たちも本来なら事情聴取とか、現場での確認とか、色々な手続きが必要になる。
現場の処理は、後から到着した特殊二課の人たちが進めてくれているらしい。
僕たちも後で詳しく話を聞かれることになるけど、今は如月さんの治療が優先ということになった。
そして、目下最大の問題はというと。
「澪お姉さま……お優しい……」
先ほどからキラキラした目で、月城さんを見つめ続けている白峰さんだ。
僕が見ていない間に、いったい何があったのだろうか。
今朝の時点でも、月城さんに対する憧れのようなものは感じられた。
でも、今はその比じゃない。完全に別の何かへ進化している。
「あの……白峰さん」
「なによ」
で、僕にはこれだ。
取り付く島もない。
「今日のことなんですが、学校のみんなには黙っていてもらえると……助かるんですけど……」
「言うわけないじゃない。馬鹿じゃないの?」
「それならよかったです……」
「ふん」
白峰さんはそう言うと、すぐに月城さんへ視線を戻した。
また、じっと見つめている。
あんなに見られていると、月城さんもやりにくいんじゃないだろうか。
いや。人から見られることには慣れているだろうし、そうでもないのかな。
それにしても……白峰さんは、僕に対してはお嬢様言葉も使わなくなっている。
なにか嫌われることでもしたかなぁ……
「月城さん、如月さん。僕は咲の部屋へ行ってきますので」
「えー、さみしー」
如月さんが、月城さんの手を握ったまま口を尖らせる。
「私のこと『大切な人』って言ったくせにー」
「……なんですって?」
月城さんの声が、一段低くなった。
「言葉の綾ですよ」
「ひどい。もてあそんだのね」
「はぁ……行ってきます」
相手をしているとキリがない。
咲の部屋は隣だ。
そして、今いるこの部屋には、来週から僕が引っ越してくることになっている。
扉を開けると、廊下には片山さんがいた。
引き続き、咲の護衛を担当してくれるらしい。
「賑やかだなぁ、おい」
「……すみません」
「いや、普段のお嬢様は怖いからなー。助かるぜ」
「はは……そういうものですか」
僕には、月城さんが怖いというイメージがあまりない。
――最初に病院で会った頃は、どうだっただろう。
少し冷たい印象があったような気はする。
まあ、月城さんからすると、当時は僕のことなんて『咲の父親』くらいにしか認識していなかっただろうし、それはしょうがない。
どっちにしたって、過去は過去だ。
「おっと。この部屋に入るなら、チェックさせてもらうぜ。誰であろうと例外はナシだ」
「はい。ありがとうございます」
片山さんが目を閉じて意識を集中させると、僕の身体を微かな魔力が通り抜けていった。
なんでも、『悪意を見破る魔術』らしい。
詳しいことは聞いてないけど、色々わかるんだとかなんとか。
僕が相手でも油断はしない。
本当に優秀な人だ。
なんで、あんなチンピラみたいなことをしていたんだろう。
部屋に入ると、咲は相変わらず静かに眠っていた。
どこか遠い場所で……何かと戦っているなんて、嘘のように。
……咲は、実際のところ。
妻の――千歳のことを、どう思っていたんだろう。
少なくとも、『あの日』までは、関係におかしなところなんてなかった。
仲のいい家族だった。だったはずだ。
なぁ……千歳。
どうして、咲には何の言葉も残してやらなかったんだ?
僕に謝罪の言葉を残すことができたのなら。
どうして……
父親が誰だとしても、咲は君の娘じゃないか。
血の繋がった、娘じゃないか。
その答えは、永遠にわからない。
人生は、わからないことだらけだ。
千歳が何を考えていたのか。
咲が本当は何を感じていたのか。
自分の心だって、全部はわからない。
なにもかもがわからないまま、ずっと歩いてきた。
きっと、これからもそうだろう。
だけど。
僕は、咲を幸せにするよ。
あの子がどこにいたって、必ずたどり着いてみせる。
『約束したから』だけじゃない。
これは、僕の意志だ。
それだけは、確かなものだから。




