六十五話:お酒もあれば、なおいいが
「こちらへどうぞ、日向咲さん」
リトルグレイに案内されながら、宇宙船の中を進む。
外から見た時には、それほど大きな乗り物には思えなかった。
けど、実際に中へ入ってみると印象が違う。
金属ともプラスチックともつかない白い壁。
天井には照明らしきものが見当たらないのに、通路全体がほのかな光で照らされている。
いくつもの扉が並んでいるが、取っ手もなければ、開閉するためのボタンも見当たらない。
どういう仕組みなんだろう。
僕が近づいても開かないのに、リトルグレイが前を通ると、扉は音もなく開く。
顔認証とか、そういうものだろうか。
それとも宇宙人認証?宇宙人認証ってなんだよ。
そんなことを考えている間に、リトルグレイがひとつの扉の前で足を止めた。
もちろんここでも扉は同じように開いた。
「こちらへどうぞ、日向咲さん」
「ここは……?」
「はい。このようなものしか用意できず、申し訳ございません」
案内されたのは、簡素な個室だった。
中央には白いテーブルと椅子が置かれている。
テーブルの上には、何種類かのお菓子と飲み物が並べられていた。
どういうことだろう。
すぐに九条へ引き渡されるんじゃないのか?
「想定よりも早く進んだせいで、お父様のスケジュールがまだ……」
リトルグレイが、申し訳なさそうに頭を下げる。
なんだろう、シュールだ。
「そうですか。それならしょうがないですね」
想定より早く進んだというのは、僕が抵抗しなかったからだろうか。
それにしても、見た目に反して紳士的だな。僕の知ってる『リトルグレイ』のイメージと違いすぎる。
いや、そういう種族だと考えれば、色んな人がいるのが当然なのだけど。
というか……紳士的な人は、こんな逃げ場のない宇宙船に人を監禁しないよな。
「不自由をおかけして申し訳ありませんが、ごゆっくりお過ごしください」
「はい、ありがとうございます」
なぜか僕まで丁寧に頭を下げてしまった。
リトルグレイが部屋から出ると、開いていた扉が音もなく閉じた。
うん。これは出れないね。
……さて。
とりあえず、スマホを確認してみる。
画面の隅には、当然のように圏外と表示されていた。
そりゃそうだよな。通信できるなら、最初に取り上げられていたはずだ。
そこで、ポケットから取り出したこれの出番です。
宇宙の技術で作られたボタンのね。
なにしろ宇宙の技術で作られているらしいから、地球上どころか月あたりまでなら余裕で通信が可能らしい。
見た目は本当に、ただのボタンなのに。
以前、危険な相手に単独で挑んだ時に如月さんからしっかり叱られましたからね。
ちゃんと連絡しておかないと。
はい、ぽちっと。
これで概ねの状況と現在地が如月さんに伝わるらしい。
どういう原理なのかはさっぱりわからないけど、便利なもんだなぁ。宇宙すごい。
この間は『宇宙の技術である必要はなさそうなものだけど』とか思ってごめんね。
さて、問題は目の前のテーブルに置かれたこのお菓子と飲み物に、手をつけるべきかどうか。
テーブルの上にあるのは、コンビニにも置いてあるような袋入りの芋菓子や、チョコレートにポップコーン。
あとは……ツマミのようなものもある。スルメに、サラミ。
……僕をここで待たせることが想定外だったということは、これらは元々UFOの中にあったものなんだろうか?
だとしたら、食べるのか?
リトルグレイが?このお菓子を?ツマミを?
いや、なにかしらは食べるんだろうけどさ、生き物なんだから。
でもあまりにもコンビニすぎるんじゃなかろうか。
……目的を考えれば、毒なんかはもちろん盛られてないだろうけど、睡眠薬系のものが仕込まれている可能性はある。
この逃げ場のない状況でわざわざ眠らせてどうするとも思うけど……念のため、食べるのはやめておこう。
本当に急遽彼らがおもてなしのために用意してくれたものだとしたら、少し気が咎めるところではある……が、安全には替えられない。
「ふう……」
変な感触の背もたれに身体を預け、息を吐く。
それにしても、物事の展開が早すぎて眩暈がしそうだ。
宇宙人の操るUFOで空を飛ぶことになるなんて、数か月前の僕なら、ほんの少しでも信じただろうか?
はは、そう考えると笑えてくる。
だって、なんといってもUFOだぜ?いや、この場合すでに中にいるんだから『未確認』じゃなくなったわけだけど。
その場合なんて呼ぶのが適切なんだろう?『確認』って英語でなんて言うんだっけ。
はぁ。どうでもいいや……
――実のところ。
九条が裏世界となんらかの繋がりを持っている可能性は、最初から疑われていた。
というのも、あれは片山さんが病院に現れた時のことだ。
あの時、月城さんも片山さんも魔術による結界を張っていて、片山さんは一般人に目撃されることなく、病院の中に侵入した。
片山さんはああ見えて慎重な人だから、監視カメラにも映っていないことが確認されている。少なくとも、月城さんの知る限りでは。
だから、表向きに残っている情報は、『病院のガラス窓が破壊され、月城さんの支払いで修理された』それだけだ。
そのガラス窓がなぜ割れたのか。
それを外部の人間が知る方法はない。
なのに、九条は確かに言った。『不審者が侵入する事件があった』と。
通常ではない、なんらかの手段で情報を得ている可能性を考えるのが自然だ。
うん、自然だ。少なくとも、月城さんにとっては自然だった。
僕にはそうじゃなかっただけで。
だから、月城さんは密かに九条の動向を探っていたらしい。
まさか、白昼堂々UFOで誘拐なんて、無茶な行動を取るとは思っていなかっただろうけど。
――九条がここまでしてなにをしたいのかは、正直よくわからない。
強引に咲を手元に置いたところで、法的な親権が僕にある以上、彼にはどうすることもできない。
仮に僕がここで死んだとしても、彼に親権が渡ることはない。ありえない。
咲をただ自分の手元において、例えば咲が目覚めたらどうするつもりだろうか?
目覚めた咲が、九条を『父親』として認めることなんて、それは親権がどうこう以前の問題だ。それこそ絶対にありえない。
もし、僕が九条の立場だったら、どう考えるだろう。
もし咲が目を覚まして、元気になってくれるなら――その後、自分がどうなったって構わない。
あとで咲に拒絶されるとしても、誘拐犯として逮捕されたとしても、構わない。
二度と会えなくなったとしても――だ。
そんなことは、問題にもならない。
九条も、同じように考えるだろうか。
「……違うんだろうな」
小さく呟く。
なぜそう思うのか、自分でもうまく説明できない。
確かに九条の言葉は、咲を思いやっているような『単語』で組み立てられている。
『咲のために』と。
でも、その単語は『目的』じゃなくて、『手段』であるように感じるのだ。
僕は月城さんみたいに賢くないから、あくまで勘だとしか説明できないのだけれど。
「……おっと」
こんなことを考えている場合じゃない。
考えてもわからないことは、考えないようにするのが我が家のスタイルだ。
そんなことよりも、この状況で九条に会った後、どうするかを考えないとな。




