六十四話:朝霧流VS超能力犯罪者
地球人と交戦するのは、これで2度目になる。
整備された道路から離れ、雑木林に沿って伸びる細い道を駆ける。
周囲に住宅は見当たらず、道路からも木々と斜面に遮られている。ここまで来れば、無関係な地球人を巻き込む可能性も低いだろう。
背後から、鋭い風切り音が聞こえた。
半身をずらすと、先端の尖った木の枝が顔の横を通り過ぎていく。
続いて地面から浮かび上がった小石が、一斉にこちらに向かって襲い掛かってくる。
身を低くして回避し、追撃の軌道を見極める。
前回戦った相手は、『魔法少女』だったか。
文字通り少女……つまり子供だ。
地球人の子供を相手に、不覚を取った。
あの時の俺は、地球人を『守るべき弱い存在』だとしか認識していなかった。
だが、それは侮りだ。
戦場に立った者を、ただの子供として扱った。
戦士に対する礼儀を欠いた行い。自らの奢りが招いた――自明の敗北だ。
正面へ視線を戻し、『敵』を見据える。
繁華街で見かけても特別印象に残らなさそうな……若い男だ。
この状況でなければ凶悪な犯罪者だとは考えもしないだろう。
この男は『超能力者』だということだ。
宇宙犯罪者の中でもこの惑星で『超能力』と呼ばれる概念を使用する者はいるから、少なくとも――『魔法少女』よりは理解可能な概念だ。
……主な攻撃手段はサイコキネシスと見て間違いない。
だが、飛来する物体の見た目に惑わされてはいけない。
トラクタービームに捕捉され、浮遊していたとはいえ、乗用車を横向きに弾き飛ばすほどの威力があった。
小枝や石ころであっても、直撃すれば無事ではすまない。
当然、生身で受けるつもりはない。
「……変身」
変身ブレスレットを掲げて短く呟くと、全身を青白い光が包み込む。
無数の光の粒子が身体の表面へと収束し、赤い金属光沢を持つ装甲へと変化していく。
せっかく変身するのだからポーズを取りたいところだが、すでに敵の攻撃に晒されている状態で行うのは危険すぎるから、省略せざるを得ない。
いや、これはこれでかっこいいな。今後はこれでいこう。
頭部を覆うヘルメットの視界が点灯し、戦闘形態――コードネーム・ヴァイゼンへの移行が完了する。
正面に立つ男が、驚いたように目を見開いて呆然としている。
戦闘中にこのような姿を見せるとは……演技だろうか?
この男が先ほどから見せているサイコキネシスが、本命である保証はどこにもない。
わかりやすい攻撃へ意識を向けさせ、その隙に別の致命的な能力を使うつもりかもしれない。
パイロキネシスやエネルギー衝撃波なら、対処はまだ難しくない。
だが、テレポートや時間停止のような致命的な超能力、あるいは、それ以上に理解不能な能力を隠し持っている可能性もある。
警戒が必要だ。
――特に、上空のような死角には注意しなければならない。
上空から叩きつけられた、あの少女の一撃を思い出す。
……あれは、痛かった。
いや、警戒しろ。
右手に持ったレーザーブレードを起動すると青白い光の刃が伸び、周囲の空気を震わせた。
もちろん直接攻撃に使用するつもりはない。
こんなものを突き立てれば、地球人の肉体など蒸発しかねないからだ。
これはあくまで、隠された能力によって不測の事態が発生した場合に備えるため。
男の制圧は、肉弾戦で行う必要があるだろう。
再び地面から石が浮かび上がった。
同時に、左右の木々から多数の枝がちぎれ、鋭い先端がこちらに向けられる。
放たれた石を腕の装甲で弾き、枝をレーザーブレードで切り払いながら前に出る。
その時だった。
側面――道路の方向だ。何かが爆発したような強烈な光が瞬いた。
わずかに遅れて、なにかが真空へ吸い込まれるような音と、地鳴りめいた鈍い振動が周囲を揺らした。
な、なんだあれ……イ○ナズンかよ。
視界の隅に映った現象に戦慄する。
以前、日向さんが遊んでいたゲームの魔法を思い出しながら、内心で思わず突っ込んでしまう。
おっと、戦闘中だ。
思わず注視しそうになり、寸前で踏みとどまった。
敵から目を離すわけにはいかない。
そう考えながら男を見ると――当の本人は、口を半開きにしたまま光の方角を眺めていた。
……なんだ?戦闘中に、呆けているのか?
いや、罠かもしれない。あえて隙を見せてこちらを誘い込み、致命的な攻撃を狙っている可能性がある。
状況を臨機応変に利用する恐るべき敵だと認めざるを得ない。
だが、この機会を逃すわけにもいかない。
こうして躊躇させることが相手の戦術かもしれないからだ。
不用意に足を止めれば致命的な攻撃の的になるかもしれない。
レーザーブレードの刀身を消し、男の視界から外れるように一気に加速する。
懐に潜り込み、接触の直前に戦闘スーツの出力を落とした。
「がっ……!」
呆気ないほど容易く、膝蹴りが男の腹部に吸い込まれると――男の身体がくの字に折れ、そのまま地面へ崩れ落ちた。
念のため距離を取り、レーザーブレードを再起動。
「あれ……?」
ヘルメットのセンサーを確認する。
生命反応は正常。
意識レベルは大きく低下しており、戦闘を継続できる状態ではない。
要するに気を失っている。
……これで終わりなのか?
あれほど強力なサイコキネシスを行使する人間が?
なんともあっけない。
『魔法少女』が相手であれば、今のような攻撃などかすりもしなかっただろう。
それと比べ、この男は――
能力の規模と、戦闘力の間の相関関係を見直す必要がありそうだ。
戦闘中に敵から目を離すなど、あの少女なら絶対にしなかったはずだ。
「ゼグナカラヴァイゼンニケイコク。イジョウナエネルギーハンノウヲケンチ」
ゼグナからの通信だ。
「異常なエネルギー反応?先ほどの爆発とは別か?」
「イエス。イジョウナエネルギーハンノウヲモツチョウジョウセイメイタイガシュツゲンシテイマス」
「なんだと……場所は?」
「ヒョウジシマス」
ヘルメットのモニタに、方向と距離が映し出される。
先ほど、異様な光が発生した方角……月城さんが戦闘しているあたりだ。
なにかまずいことが起きている可能性がある。
だが、この『超能力者』をどうする……?
いや、優先順位を思い出せ。すぐに向かわなければならない。
「ゼグナ。宇宙犯罪者のデータと照会しろ」
「ガイトウデータハアリマセン」
走りながら、データを検索させる。
また『管轄外』か……この星はどうなっているんだ?
雑木林を駆け抜けた先で、視界に飛び込んできたのは――倒れ伏した『魔術師』の女と……彼女を見下ろすように立ってなにか会話をしている月城さんの姿だった。
だが、反応はその上空。
――男だ。
白いスーツに、赤いシャツ。丸レンズのサングラスをかけた男が、上空に浮かんでいる。
翼のようなものも、飛行装置らしきものも見当たらない。
ただ、重力を無視して浮かんでいる。
「警告します!超常生命体の左手に高エネルギー反応!」
突然、ゼグナの口調が変わった。
どういうことだ、焦っているのか?AIが?
男が左手をわずかに振ると――男の左手から炎の線が、鞭のようにしなった。
次の瞬間――地に倒れ伏した『魔術師』の女の頭部が身体から滑り落ち、ごとりと地面に転がった。
「月城さん!下がってください」
俺が声をあげる前に、月城さんは後ずさっていた。
上空の男と彼女の間に割り込むように、即座に前に出る。
なにがあっても、彼女だけは、日向さんとの約束だけは守らなければならない。
「ありがトうございマす。しごトが楽になりまシた」
「仕事だと……?」
ひどく不自然な日本語だ。
だが、翻訳機を通しているような感じではない。確かに男の口から発せられている。
この殺人行為が仕事だとでも言うのか?
レーザーブレードを起動し、スーツの出力を限界まで上昇させる。
「落ち着いてくだサい。わたしは敵ではありまセん」
言葉だけを信じるわけにはいかない。
どんな言葉であれ、それを証明する術はないのだから。
行為だけを見れば『まだ』こちらに敵対してはいないが、それを保証する材料はどこにもない。
「私は宇宙警察……コードネーム『ヴァイゼン』です。所属と名前の提示をお願いします」
少なくともこいつは『人間』ではない。
保有エネルギーによる判断ではない。『人間』はこんな風に人を殺しながら、当たり前のように話したりはしない。
「困りましタね。それデは、ごきげんヨう」
「待て!」
問いに答えはなかった。
男は空中で身を翻すと、猛スピードで『俺が来た方』へと飛んでいく。
まずい。
あれが仕事だというのなら、次は……!
追う間もなく、先ほどまで『超能力者』と戦闘を繰り広げていた雑木林で、炎の一閃が走った。




