六十二話:善意の第三者 朝霧流
激しい衝撃と共に、空中に浮かんだ車体が横向きに吹き飛ばされた。
身体がシートへ押しつけられる中、フロントガラスの向こうを何かが回転しながら離れていく。
道路標識だ。
あれが車体に衝突してきたらしい。
だが、たかが標識がぶつかった程度で、車がここまで吹き飛ばされるはずがない。
サイコキネシスの類で強い指向性を与え、こちらへ叩きつけたのだろう。
まずは優先順位を整理する。
最優先は、偶然この場へ居合わせ、状況的に保護せざるを得なくなった金髪の少女。
次に、咲ちゃんの友人である月城さんの安全確保。
そして最後に、日向さんたちの救出だ。
――『いざという時には僕よりも彼女たちを』と、日向さんからは頼まれている。
「よし。『ゼグナ』、フライトモードに変形だ」
「なんて言ったピュイ?」
助手席に座っている小さな生き物が聞き返すが、彼に向けて言ったわけではない。
「リョウカイ。フライトモードチェンジ」
愛機『ゼグナ』に搭載されたAIが、機械的な音声で応答する。
もう少し地球人に近い自然な音声に変更もできるのだが、これはこれで気に入っている。
慣性に従って吹き飛ばされていた感覚が消え、しっかりと制御された浮遊感へ切り替わった。
変形に要する時間は、わずか0.5秒。
ゼグナは質量をほぼ無視して変形するため、車内……今では機内か。いずれにせよ内部にはなんの影響も及ぼさない。
そうとも。あの程度の衝撃で損傷するゼグナではない。
飛行形態となれば、最大マッハ5での飛行が可能なのだから。
「ゼグナ、周辺をサーチ。通常の地球人と比較して、異常なエネルギーを保有している者を見つけてくれ」
「リョウカイ」
もちろん今はマッハで飛ぶ必要がないので、ゼグナに地上のサーチを命じる。
『敵』の数は最低でも2つ。月城さんの情報と照らし合わせるなら3つだ。
まずは先ほどから直接的な攻撃を仕掛けてきているサイコキネシスの持ち主。
地球人の『超能力者』と呼ばれる異能者か、それに擬態した何者かであると推察される。
次に、上空に浮かぶ『飛行物体』だ。
あれは『リトルグレイ』と呼ばれる怪異の所有物か、もしくは肉体の一部である可能性が高い。
優先順位から考えれば、即座に対処すべきなのは前者だ。
対象が地球人の異能者だった場合、俺に許されているのは正当防衛の範囲まで。
――だが、知ったことか。
だいたい、日向さんは水臭すぎる。
俺だって咲ちゃんとは仲がよかったし、あんなことになったのなら、力になりたいと思うのは当然の感情じゃないか。
目に見えて困っているのに、俺にはなにもさせてくれないなんて、あんまりじゃないか。
怒っていたんだ、俺は。
本当は、ずっと怒っていたんだ。
だから以前、目の前にいる日向さんを偽物だと思い込んでしまったのかもしれない。
それなら、頼ってくれないことだって納得できたから。
あれは間違いなく俺の失敗だ。だが、今回は事情が違う。
日向さんは、ようやく俺に助けを求めてくれた。
友からの信頼に応えるためならば、このヴァイゼンに躊躇いはない。
「便利な車ですのね」
声のした方――後部座席に目をやると、咲ちゃんの友人……月城さんだった。
怯え切った金髪の少女に強くしがみつかれながら、月城さん自身も少しだけ声が震えている。
金髪の少女と同様に恐怖に震えているのかと思ったが、強い意志を宿した瞳からは、それが感じられない。
おそらく、咲ちゃんが心配なのだろう。だが、咲ちゃんには日向さんがついている。
「咲ちゃんは日向さんが必ず守ります。心配する必要はありません」
「……そうですか」
「イジョウナエネルギーヲホユウスル、チキュウジン2メイヲホソク。モニターニヒョウジシマス」
ゼグナの声と共に、機内のモニターに2人の地球人が表示された。
男と女。どちらも見覚えのない顔だ。
攻撃を仕掛けてきたのがどちらかはわからないが、関係ない。
揃ってこちらを見上げ、明確な敵意を向けている以上、どちらも『敵』だ。
宇宙の掟を教えてやる。
「なんてことだピュイ。これはまさに、公務執行妨害の現行犯。ああ、誰か善意の第三者が無力化してくれれば……」
言われなくてもそうするつもりだが……白々しいにもほどがある。
こんな奴を採用するなんて、地球の警察はなにを考えているんだ?
「月城さんは、その少女と一緒にゼグナへ残ってください。安全な場所まで退避させます」
「お断りしますわ」
即答だった。
そう言われてしまうと、『善意の第三者』でしかない俺には、従わせる手段がない。
「女の方は魔術師ですね。私が相手をします」
「困ったな……日向さんに俺が叱られるんですよ」
いくら咲ちゃんを守るためだと言っても、その友達の女の子を戦わせるのでは本末転倒だ。
どうにかしてくれないものかと隣に座る生き物の方を見ると、そちらもお手上げという感じで首を振っている。
「ミオに何を言っても無駄だピュイ」
「時間の無駄ですので、早く行きましょう」
――やむを得ないか。
フロントガラス越しに上空へ目を向けると、『飛行物体』に日向さんの乗った車が吸い込まれていくのが見えた。
ゼグナがターゲットを捕捉し続けているが、ここで押し問答をしているような余裕はない。
「ゼグナ。俺と月城さんを地上へ降ろした後、そこの小さい生き物と、地球人の少女――個体名『白峰愛理朱』を保護しろ。敵の攻撃範囲外まで上昇し、上空の飛行物体を捕捉したまま待機。俺からの連絡を待て」
「リョウカイ」
一切のワガママを言わない相棒に、心の中で深く感謝した。
AIは素直で本当に助かる。
「……では、行きますよ」
月城さんから返事はなかった。
……もしかして、俺のこと嫌いなのかな?




