六十一話:浩の世界
ドアを開くと、その先には見覚えのある――ありすぎる八畳間が広がっている。
僕と、咲が暮らした古アパートの部屋。
古ぼけた蛍光灯に、日焼けした畳。
脚の折り畳みがスムーズにできなくなった小さなテーブル。
押し入れにしまわれた2人分の布団まで、なにもかもが記憶のままに。
『マジカル・クリエイトアザーワールド』で作り出した『僕の世界』だ。
世界と呼ぶには狭すぎるけれど、それでもここは『僕の世界』
イメージするだけでそれなりに自由にカスタマイズができるし、外界からは完全に隔離されている。
片山さんに手伝ってもらいながら、室内に咲のベッドを運び込むと……この部屋に咲が居た頃を思い出して、少しだけ胸が熱くなった。
「へぇー。よくわかんねぇけど、魔法ってすげぇな」
……なんなんだろうなぁ、この人。
突然現れたアパートの部屋を見て、無邪気に目を輝かせている。
この状況に対する緊張感というものが、まるで感じられない。
恐怖心とかないんだろうか?
僕もここ数週間で何度も死にかけて、多少はこういう修羅場には慣れたつもりだけど、ここまで気楽ではいられない。
平静を装ってはいるけど、頭の中はめちゃくちゃだ。
月城さんは無事だろうか。
白峰さんは、なんであんなところにいたんだろうか。
朝霧とピューイさんを、ここまで巻き込んで本当によかったのか。
なにもわからない。
わからないから――忘れる。
忘れて、目的だけを意識する。
「それじゃ、僕は戦ってきます。片山さんはここにいてください」
「なに言ってんだ?お前もここに隠れてろよ」
片山さんの気持ちはわかる。
年端もいかない女の子が同じことを言えば、僕だって同じように言うだろう。
だけど、今は時間がない。
早く外に出て、『扉』を閉めないと。
「……お願いします」
「はぁ。お嬢様に叱られたら弁護してくれよ?」
「努力します」
「精一杯の努力を期待するぜ!」
月城さんが言っていた通り、勘のいい人だ。
僕が譲るつもりがないことも、譲るわけにはいかないことも、わかってくれたらしい。
確かに、僕もこの八畳間に隠れていれば、この瞬間だけはやり過ごせる。
でも、それだけだ。
僕たちが逃げ場のないはずの車内から消えれば、『こちら側』の手札が九条に知られてしまう可能性が高い。
そうなれば、次はこんな大雑把な手段ではなく、もっと巧妙な手で来るだろう。
いつ、どこから、どんな方法で襲われるのかもわからない。
だから、明らかに無法な手段で襲撃してきた今、この時こそが最大のチャンスだ。
今ここで、九条に繋がるなにかを掴むことができれば、あとはなんとでもできる。
「咲をお願いします」
「ああ。任せとけ」
眠ったままの咲をもう一度見てから、僕は『アパートの扉』をくぐった。
車内へ戻り、ゆっくりと扉を閉める。
その瞬間、扉はそれまでなにもなかったかのように、その場から完全に消えた。
これで、僕が新しい扉を作らない限り、誰も中には入れない。
――僕が死んだりして、扉を開く方法がなくなった場合にどうなるのかは、今は考えないようにしよう。
窓の外を埋め尽くしていた光が少しずつ弱まり、やがて、周囲の景色が暗闇に変わる。
次の瞬間、車体が小さく揺れて……止まった。どこかに下ろされたらしい。
……車内からの灯りだけでは、窓の外の様子がよく見えない。
ずっとここにいてもしょうがないか……
恐る恐る車のドアから暗闇に向かって足を踏み出すと、靴底が硬いものに触れた。
足元は金属だろうか?そう思いながら軽く足踏みすると、鈍い金属音が響く。
うん。大丈夫っぽいぞ。これなら問題なく歩けそうだ。
でも困ったな。こうも暗いとどうにも……
あ、そうだ。
スマホを取り出し、ライトを点ける。
……周囲を照らす魔法ぐらい、使えればいいのに。
スマホで照らしながら周囲を見回すと、やはりここはUFOの中で間違いないようだった。
壁は不自然なぐらい継ぎ目のない金属でできていて、よく見るとうっすらと青白い光を発している。
その時、眩しいサーチライトが『なにか』を照らした。
照らされているのは、ひどく細長い手足を持つ……二足歩行の生き物だ。
子供ぐらい……ちょうど今の僕ぐらいの背丈しかなくて、その割に頭がやけに大きい。
馬鹿みたいに大きな……漫画の登場人物よりも大きいんじゃないかと思うぐらい、大きな二つの黒い目と、申し訳程度についている小さな鼻と口。
見るからに宇宙人といった容貌の生き物が、こちらに向かって歩いてくる。
『リトルグレイ』かな、あれ。
「ワレワレハ、ウチュウジンダ」
「ええ……」
ほんとにそんなことを言う宇宙人がいるとは思わなかった。
というか、それを言ったら朝霧だって宇宙人なんだけど。
「あなたが、日向咲さんですか?」
「……え?」
急に流暢な日本語で話しかけてきた。
さっきのはなんだったんだ。
いや、それよりも。咲って……ああ、そうか。
今更だけど、今の僕は咲とそっくりだ。
もちろん年齢の差はあるとしても、もしかすると宇宙人には……少なくとも『リトルグレイ』には、その程度の差なら見分けがつかないのかもしれない。
例えば『リトルグレイ』が2人並んでいたとして、僕にその違いがわかるかというと……ちょっと難しいんじゃないだろうか。
「はい。私が日向咲です」
勘違いしているならちょうどいい。
うまく話を合わせよう。
「ご病気だと伺っていましたが、情報が間違っていたようですね」
「はい。私は元気です」
「それはよかったです。お父様がお待ちですよ」
「はい。お父様がお待ちなのですね」
「大人しくついてきてください」
「はい。大人しくついて行きます」
……やったぜ!




