六十話:未確認
咲が魔法少女だと判明した、あの日のことだ。
『あいつ、こっちを見てたピュイ』
伊吹さんの車の中で、ピューイさんがそう言った。
『こっち』というのは、もちろんピューイさんのこと。そして、『あいつ』というのは――九条だ。
ピューイさんは普通の人間に見られないよう、常に魔法で自分の姿を隠している。
本人の説明によると、いわば透明になっているようなものらしい。
だから姿が見えなくなるだけではなく、カメラにも映らない。
センサーの類にも引っかからない。声も必要な相手にしか届かない。
かなり便利な魔法だと思うけど、これは聖魔界人にとっては初歩的な魔法で、そこまで万能ではないとのことだった。
例えば僕や月城さんのように、常人よりも魔力の高い人間や、特殊な能力を持つ人間であれば、簡単に見破られるという。
あとは、子供。
特に純粋な心を持つ子供には、時々ピューイさんの姿が見えることがあるそうだ。
――もちろん、九条は子供ではない。恐らく、純粋な心も持っていないだろう。
つまり九条には、魔力か――あるいは、なんらかの特殊な能力がある可能性が高いということになる。
そんな馬鹿な、とは思った。
でも、他人から身を隠して生きてきたピューイさんは、人一倍視線に敏感だ。
ついさっき、僕たちを尾行していた白峰さんを真っ先に発見したのも、影の中から向けられる視線を感じ取ったからだ。
僕も以前ピューイさんから教えてもらって、なんとなく視線のようなものを感じられるようにはなってきたけど……まだまだ彼には到底及ばない。
そのピューイさんが断言したのだから、間違いはない。
即ち、九条には『見えていた』
そこからは早かった。
まず、月城さんが九条の金の流れを監視し、ある日不自然に大きな支出を確認した。
次に片山さんの持つ裏社会のツテを使い、その金がどこへ流れたのかを特定した。
渡った先は2人。
金額次第でどんな仕事でも引き受ける『魔術師』
金額次第でどんな仕事でも引き受ける『超能力者』
どちらもそれなりに悪名の高い人間らしく、九条が『誰か』を『狙っている』ことは明白だった。
もちろん九条が狙っているのが、咲や僕たちだとは限らない。
例えば自分の商売にとって邪魔な誰かを消そうとしているだけかもしれない。
でも、その時はその時だ。
そして――『今日』だ。
病院から月城家へ咲を移送している、今、この瞬間。
その道中が、月城さんの予測した襲撃タイミングだった。
その予測は、完全に正しかった。
今まさに、僕たちは襲撃を受けている。
ただ――襲撃の形は、想定からかなりかけ離れていたけど。
「おおー、なんだ?俺たち浮いてんぜ」
浮かび上がった車の運転席で、片山さんがひどく呑気な声をあげた。
車が浮いているのに。
それも、ほんの数cm浮いているとかではない。
窓の外に見えていた道路が、みるみるうちに遠ざかっていく。
「いや、浮いてるというか、吸い寄せられているような……」
「へぇー」
そう適当に答えると、片山さんはなにを思ったのか……運転席の窓を開けた。
勢いよく吹き込んできた風が、車内のカーテンを大きく揺らす。
「な、なんで窓を!?」
抗議の声が聞こえていないのか、片山さんはそのまま窓から上半身を乗り出し、空を見上げた。
なにやら言っているが、風の音でよく聞こえない。
「うひょー、すっげぇ!」
窓を閉じた片山さんが興奮しながら言う。
なにを見たというのだろうか?
気になって、僕も窓に顔をへばりつけるようにして、上空に視線を向ける。
なんだか、ひどく眩しい。
それでも目を凝らすと、光の向こうに巨大な物体が見えた。
真夏の日差しを遮り、道路と周囲の建物を丸ごと覆っている。
物体の中心からは、『光』が2本、伸びていて……そのうちの1本がこちらを照らしている。
そしてその光源を中心に、円盤状の巨大な金属製の機械が広がっていた。
「まさか……」
機械には複雑な幾何学模様のように無数の溝が走っている。
その溝は、不規則に青白く明滅しており、脈打っているかのようだ。
実物を見たことなんてあるわけがない。
よって――『未確認』
巨大な金属が空を飛んでいる。
疑いようもなく――『飛行物体』
あれは……UFO(未確認飛行物体)だ。
どこからどう見ても『それ』だ。
だとすれば、この光は『トラクタービーム』か?
2本のうち片方はこの車に照射されていて、もう1本の先には朝霧の車。
どちらもそれに引っ張られるように徐々に高度を上げている。
「連れ去るつもりか……」
思わずそう口にした直後、朝霧の車の側面に、何かが激突した。
車が大きく弾き飛ばされ、遠ざかっていく。
「なっ!月城さん!?」
朝霧の車は完全に視界から消えてしまって、状況を確認できない。
あの車には月城さんと、白峰さんが乗っているのに……
「くっそ……朝霧、頼むぞ……」
必要なのは『この車』だけだということか?
ならばやはり、このUFOは偶然通りがかった宇宙人の乗り物というわけではない。
狙いは――咲だ。
「マジカル・チェンジ」
呪文を唱えると、光が身体を包み込んだ。
輝く粒子がはじけ、フリルとリボンをあしらった……魔法少女の衣装が現れた。
続いて手元にステッキが収まり、一瞬だけ眩い光を放つ。
最後に髪がふわりと揺れ、残った粒子が床に降り注いだ。
「おん?」
片山さんがこちらを振り返り、目を丸くした。
「お嬢ちゃん、なにするつもりだ?」
変身を終えた僕に、片山さんが心配そうに声をかける。
彼は僕の正体を知らない。
普通の『魔法少女』だと紹介されているので、対応がなんだか優しい。
『魔法少女』が普通かどうかは置いといて……ちょっと騙しているようで気が引ける。
いずれにせよ、今はそんな場合じゃない。
「このままだと、あのUFOに吸い込まれます。そこで戦いになるはずです」
「だろうなぁー。まぁお嬢様がなんとかすんだろ」
片山さんは、月城さんが無事であることを疑いもしない。
僕もそう信じたいし、信じている。
でも、『なんとか』してもらうのを待っているわけにはいかない。
僕は守られるだけの存在じゃないのだから。
「そうはいきませんよ。それより片山さん、お願いがあるんですけど」
「ん?なんだ?」
「とりあえず危険なので、咲を避難させます。僕の腕力だと咲を移動させられないので、手伝ってもらえますか?」
「そりゃいいけどよ?移動ってお前、どこにだよ」
「マジカル・ゲートオブアザーワールド」
ステッキを振って呪文を唱えた瞬間、空間が――揺れた。
まるで水面に雫を落としたように、波紋が広がっていく。
その直後、波紋の中心に細い光の線が走ると、そこから光があふれて車内をまぶしく照らし出す。
光が消えると――虚空に『アパートの扉』が現れていた。
少し錆びついた銀色のドアノブ。郵便受けのついた、どこからどう見ても築数十年の……古アパートの鉄扉。
僕と、咲が暮らした古アパートの、扉。
「なんじゃこりゃぁ!?」
片山さんが、空を見上げた時よりも驚いて声をあげる。
真昼の空に浮かぶ『未確認飛行物体』と、『別世界への扉』
……どっちが非現実的な存在かと言われれば、評価の分かれるところかもしれない。




