第六話:魔術師 月城澪
指先から溢れた柔らかな光が、横たわる男性の右腕へと吸い込まれていく。
日向浩さん。
私の大切な親友である、咲のお父様。
昨日彼が負った怪我は、決して軽いものではなかった。
ひと目見るだけで重症だとわかる右腕の損傷と、腹部への打撃による内臓の損傷。
外から見て目立たない内臓の方が深刻で、現代医学の範疇では少しばかり手に負えないものだった。現場が病院だったことを考慮しても、良くて寝たきり、悪ければ命はなかっただろう。
でも、そんなことになれば咲が目覚めた時に悲しむから……状況の収拾を使用人に任せ、彼の傷は私の『魔術』で治療することにした。
「……ふう、もう少しかしら」
光が消えた後の右腕を見て、小さく息を吐く。
昨日から数えて、これで5度目の治癒魔術。
緊急を要した内臓の修復を優先した分、腕への措置が遅れてしまった。
とはいえ、腫れはかなり引き、折れた骨も元の位置へ戻りつつある。
完治に至るにはまだかかるだろうけど、後遺症のようなものも残らないはず。
――魔術とは、『因子』を持つ者の魂に刻まれる超常の力。
私の中にある治癒の魔術も、亡くなる前の母から譲り受けたもの。
でも、以前の私は少しばかり怪我を治療できるだけの魔術なんて、大して役には立たないと思っていた。
どれだけ咲に施しても、彼女が目を覚ますことはなかったし……
人間というものは脆いから、こんなものが必要になるような傷を負えば、悠長に魔術なんかを使っている間に、命を失ってしまう。
少しでも咲の身体を健康に保てるのならと使い続けてきたけれど、それは気休めのようなものだ。
私にとってはその程度のものだったのだけど……今、こうして役に立っているのなら、そう卑下するものでもないのかもしれない。
咲を悲しませる可能性は、少しでも減らすべきだから。
こんなことなら、もう少し真面目に練習しておけばよかった。
問題は、魔術という力が、『因子』を持つ人間同士であれば譲渡できるということだ。
昨日、病院のロビーで襲い掛かってきたあの男。
あの男が使っていたのは、自らの筋力を三倍にまで引き上げる強化魔術だった。
筋力を増幅したところで、肉体の強度は変わらない。
強すぎる力を振るえば、当然自らの肉を裂き、骨を砕くだろう。
ちょうど、目の前で眠っている男性のように。
実に扱いづらい魔術だ。
だからこそ、あの男は私の治癒魔術を求めた。
私から魔術そのものを奪い、自分のものにする。
あるいは、私を生かしたまま捕らえ、自分が傷つくたびに治療させる。
魔術による消耗を考えれば、おそらく後者が本命だったのだろうけど。
本当に、不愉快な話。
「……今日は、これが限界ね」
指先に残っていた光が消えると同時に、わずかな眩暈を覚えた。
これ以上続けても、治療の効率は落ちるだけだろう。
日向さんには、できれば明日には目を覚ましていただきたい。
気休めにしかならないとしても、私の魔術は咲のために使うべきものだ。
これ以上、他の用途に費やし続けるのは……あまり気が進まない。
ベッドの上では、日向さんが静かに眠っている。
凄まじい力だった。
力だけでなく、速度も。明らかに人間離れしていた。
彼にあれだけのことができた理由はわからないけれど……もしかすると、なにかの役に立つかもしれない。
さて。
あの男は、そろそろ自分の魔術を『譲渡』する気になったかしら。
なんでも、所有者を殺害すれば、その同意がなくても魔術を奪うことができるらしいのだけど……
なるべくなら、避けたい手段ではある。
私は眠る日向さんにそっと毛布を掛け直し、静かに部屋を後にした。




