第六話:魔術師 月城澪
指先から溢れる柔らかな光が、横たわる男の傷口に吸い込まれていく。
日向浩さん――私の大切な親友である咲の、お父様。
彼が負った傷は、現代医学の範疇では少しばかり手に負えないものだった。けれど、私の魔術はその歪みを、ゆっくりと、元の形へと書き換えていく。
「……まだ、これだけしか治らないのかしら」
昨日から数えて、これで五度目の処置。けれど、完治にはまだ遠い。
そもそも、魔術とは何か。
それは『因子』を持つ者の魂に刻まれた、超常の力。私の内に有るこの力も、若くして亡くなった母から受け継いだものだ。
少しばかり怪我を治療できるだけの魔術なんて、大した役にも立たないと思っていた。
意識の戻らない咲に、気休めとして施し続ける。その程度の使い道しかないものだと。
けれど、今、こうして役に立っているのなら、そう卑下したものでもないのかもしれない。咲が目覚めた時に父親がいなければ、悲しむだろうから。
こんなことなら、もう少し真面目に練習しておけばよかったとすら思う。
――問題は、魔術というものが『因子』を持つ人間同士であれば、譲渡が可能だということ。
昨日、病院のロビーで襲い掛かってきたあの男――筋力を三倍に超強化する魔術を行使していたあの男の目的は、私の魔術だった。
筋力を三倍にしたところで、肉体の強度は変わらない。強すぎる力を振るえば、自らの骨を砕き、筋を焼き切る。
だから、男は私の回復魔術を欲した。
魔術そのものを強奪して自らの力とするか、あるいは私を――自分を癒し続けるだけの奴隷として飼い殺すか。
魔力の消費効率を考えれば、おそらくは後者が本命だったのでしょう。
本当に、不愉快な話。
「……ふぅ。今日は、これが限界ね」
指先の光が消え、わずかに眩暈がした。魔力が底をつき始めているのを感じる。
日向さんには、できれば明日あたりには目を覚ましてもらいたい。
気休めとはいえ、私の大切な咲のために使うべき魔力を、これ以上他の用途に費やすのは……あまり、気が進まないから。
さて。あの男は、そろそろ魔術を『譲渡』するつもりになったかしら。
なんでも、所有者を殺害すれば、同意がなくても魔術を強奪することができるらしいけれど……
なるべくなら、避けたい手段ではあるから。
私は、穏やかに眠る日向さんにそっと毛布をかけ直し、静かに部屋を後にした。




