五十六話:知ってる?ひよりちゃんには
「ひよりちゃんに、なにか用?」
小春さんの圧が強い。
昼休み。意を決したように僕へ声をかけてきた男子に、これである。
『いや、なんでも……ナイヨ』みたいなことをごにょごにょ言いながら去っていく少年と、その背中を睨みつける小春さんを見比べながら、頼もしいなぁ、と他人事のように思った。
ところで、いつの間にか校内で妙な噂が流れている。
それによると、『佐倉ひよりには好きな人がいて、その相手は年上の女性』とのことだ。
噂の出どころはどこだろう。
そんなの、わかりきっている。
なにかとなにかが混じっている気がしなくもないけど。
要するに僕の『恋』を応援してくれているということなのだろう。多分だけど。
とはいえ、助かるのは事実だ。
サッカー部での活躍やなんやかんやで目立ちすぎた結果、最近は男女を問わず声をかけられることが増えてしまった。
でもこの調子なら、松江くんのような悲劇を繰り返すことはないだろう。
「ありがと、小春さん」
「いいってことよ」
かっこいい。
ピューイさんには申し訳ないけど、この生活の中で小春さんを避けるのは不可能だと判断した。
僕自身も少しは慣れてきたのか、ボロを出しそうになることも少なくなって、割と自然に接することができるようになっている。
平和だ。
原口少年に、今のところ動きはみられない。
もし少年が『クロ』だった場合――
開催が近づいているフットサルの全国大会か、あるいは冬に開催されるサッカーの全国大会あたりで『なにか』が起きる可能性が高いと、如月さんは見ている。
今はまだ5月だ。
冬となるとちょっとなぁ。さすがに遠すぎる。
とはいえ、もはやこれは他人事ではないのだ。
『なにか』が起きた時、危険に晒される可能性が最も高いのは、言うまでもなく成瀬さんだ。
小春さんと成瀬さんだけは、絶対に守らなければならない。
もちろん、原口少年と一緒に騒いでいるあの少年たちだって、守らなければならない存在であることに変わりはないのだけど。
僕にだって感情というものがあるのだから、しょうがない。優先順位というものがある。
そういう意味では、3人で過ごすことが自然に多くなったこの状況は、むしろ好都合だと言える。
『関わらない』よりも、『直接守る』ことができる方がいいに決まっている。
自分の与り知らないところで、誰かが――遠くに行ってしまう。
そんな経験は、できればもうしたくない。
共に過ごす中で、成瀬さんはよく『卓也』の話をした。
何度も。嬉しそうに。
彼のことが本当に大好きなのだという気持ちが伝わってきて、胸が痛んだ。
――彼が『シロ』であることを祈る。
本当に、心から。
その場合、僕の潜入捜査がいつまで続くことになるのかは、今は考えないようにしよう。
『パラッパッパー!』
『パラッパッパー!』
お、すごい。
連続でレベルが上がった。
こんな時だから、少しでもステータスが上がるのは心強い。
ただ問題は、この爆音のせいで話が聞こえなかったことだ。
「ちょっと、聞こえていますの?」
いえ、聞こえていませんでした。
小春さんが少し離れたタイミングで声をかけてきたこの少女は、成瀬さんと同じクラスの白峰愛理朱さん。
この間、サッカー部の見学に来ていた、ちっちゃい月城さんみたいな子だ。
初対面も同然だけど、その印象のせいか、なんとなく親近感を覚えている。
彼女は確か、サッカー部の玉田くんを応援していたはずだ。
ちなみに玉田くんは原口少年と仲が良く、休日にもよく一緒に遊んでいるとのこと。
ふふん。僕だって、情報収集ぐらいはちゃんとしてるんだぜ。成瀬さん情報だけど。
「ごめんなさい。ちょっと雑音で、聞こえてなかったです」
「……わたくしの声が聞こえなかったですって?」
白峰さんの眉がピクリと動く。
「はい。音量がひどくて……」
「そうだったかしら……?」
少しぐらい音量を落とせないのかな、あれ。
授業中に鳴ると先生の声が聞こえなかったりして、少々困る。そして今も困っている。
「わたくしの屋敷に招待してあげると言ったわ」
白峰さんは腰まで伸びた金髪を揺らし、胸を張って言い直した。
よし、今度はちゃんと聞こえたぞ。
「お屋敷に……ですか?」
お屋敷ときた。
白峰さんも、結構なお金持ちなのかな。
この学校には、そういう子が割といる。
咲を通わせるのにかかった金額を考えると、わからなくはない。
「ええ。明日の朝11時頃に、あなたの家まで迎えを送ります」
「明日……?」
最近は、女の子から遊びのお誘いがあるのも珍しいことではなくなった。でも、明日というのはずいぶん急だ。
なかなか強引な子なのかもしれない。
ちっちゃい月城さんみたいだね。
とはいえ、今回ばかりは都合が悪い。
明日は土曜日で、いつもなら自由な時間だけれど、絶対に外せない用事があるのだ。
「土曜日は外せない用事があるので。ごめんなさい」
「……それは、わたくしの誘いよりも優先するような用事だということかしら?」
「はい。すみません」
「そうですか」
白峰さんはそれだけ言うと、背を向けて去っていった。
怒らせちゃったかな。別の日なら、大丈夫なんだけどなぁ。




